第89話 CREATER⇐
「ねぇ、何を調べてるの?」
「……え?」
私がラミンヘルンという街にある図書館を訪ねていた時の事だった。突然話しかけてきたのは、黄金色に縁どられた白布に身を隠す華奢な女性。
「何って……ちょっと色々と」
この間、別の街で
「入りたての騎士ならまず、このゲームの攻略方法について調べるものでしょう? 少なくとも『(新)騎士道の書』なんか誰も手に取らないわ」
頭のキレる女性だった。確かに今私が持っているこの本は、この世界を構築する上での背景等がまとめられたもの。しかも、雰囲気を重視してわざと古めかしい言葉で綴ってある為、仮に一度手にとってもすぐに戻すのが普通だと言いたいのだろう。
「……」
「もしかして、あなたもなの?」
質問の意味が分からなかった。彼女は私と何が同じだと言うのだろうか。
「あ、いや、なわけないわよね。……急にごめんなさい。なんかあなた、他の騎士と違って全然楽しそうじゃなかったから、そんな気がしただけなの」
ぎくっとして小さく身震いした。それは間違っていない。こんなこと、楽しいわけがないから。
「……私と、何が一緒だと思ったんだ?」
意外にも申し訳なさそうにそう言った彼女に、私は思わず尋ねていた。
「そうね。その反応を見る限り多分違うのよねぇ。まあ、あなたなら真面目そうだしいいわ。誰にも言わないって約束してくれる?」
出会ったばかりの自分に秘密を話そうとする彼女に少しの不信感を抱きつつも、何か情報を得られるならと心は興味津々だった。
「あ……ああ、約束する」
ほんのりと木の匂いが立ち込める静かな図書館の隅っこで、私達二人は顔を近づけた。
「この世界の悪役に命じられたって事よ」
え、悪役?
子供じみたその言葉に拍子抜ける。
「ふふっ、冗談ではないわ。悪役よ、悪役」
ぽかんとした私の顔を見ておかしそうに笑う彼女。同時に頭を覆っていた布がするりと下ろされて、彼女の容姿が顕になった。
それは、綺麗な薄ピンク色の髪をなびかせる艶やかな女性。瞳は光り輝く黄金色で奥の奥まで透き通って見える。
「私の名前はアルテミス。
Bランク騎士団
「……!」
その騎士団の名は聞いた事がある。最近ものすごい勢いでランキングを上げていると有名だったから。しかも、団員達はほぼ女性の少数精鋭だと聞く。各々が異次元の強さで相手を完膚無きまでに叩きのめすという噂だ。
「それで、悪役とはどういう事だ」
何よりも引っかかるその言葉。確かにこのゲームはユーザー同士の競い合いがメインである為、常に騎士が正義側であるとは限らない。だが、だからと言って誰が悪役かなんて決まってない。皆が正義。正義対正義の争いを繰り広げる世界のはず。
「ふふっ、それが私にも分からないのよ。ただ、特別な力を得てしまったの。市民を守るただの騎士としてはあまりに大きすぎる特別なスキル──」
彼女の言葉を聞き終える前に、その名前が頭を過ぎった。
「──
私の口から零れた言葉に彼女がガタッと立ち上がる。
「知ってるの!?」
黄金色の瞳が揺れて、私に必死に何かを訴えかけてきた。
ああ、知っている……とも言いきれなかった。私自身もその存在をこの前知ったばかりだから。
「ねぇ! 何か知ってるのなら教えてっ!
オスカー……オスカーが苦しんでいるの」
突然、縋るように胸元の服を掴まれた。
「オスカー?」
「私の騎士団の団長。彼は優しくて人望も厚い。その上強くて本当に頼れる男よ。でも彼はある日から痛みを感じなくなってしまった、恐らく秘密スキルのせいだと思うわ」
痛みを感じないスキル? もしそんなものが実在したとしたら、このゲームを根底から覆してしまう。
……ん? 痛みを感じないなら、どうして彼は苦しんでいるのだろう。
確かめたい事が山ほどあった。
「私に何ができるかは分からないが──いや、何も出来ないかもしれないが、会わせていただく事は出来るか?」
驚いたように目を丸くして私を見つめたアルテミス。少し俯いて考えた後、彼女はしっかりと答えた。
「……いいわ。私達の
知っている事……それはこのゲームを作ったのが自分達だという事だろうか。または、このゲームにはいくつかの致命的な欠陥があるという事だろうか。あるいは、それが秘密スキルかもしれないという事だろうか。
「それは──」
「まあ、いいわ。とにかくまずはオスカーの所につれて行く。それを見てから決めて」
彼女は察する能力にも長けていた。目だけで笑ってそう言い終わると、白布に弧を描かせて彼女は私に背中を向けた。
……To be continued……
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次回:第90話 PAIN⇐
✱最終改稿日:2020/10/24
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