第88話 FATE⇐
「悪い事は言わん。これ以上、私に関わらないでくれないか。良い事なんて……何もない」
巻き込むわけにはいかないと思った。
純粋にこのゲームを楽しみにしてくれていたであろうこのハクという青年を、ガッカリさせたくはなかったから。
「出来ません」
しかし彼はどういうわけか、赤の他人である私の傍を離れてくれない。
「なぜだ」
普通のことを訊いたのに、ハクが驚いたようにこちらを見る。
「なぜって…………ははっ、なぜでしょう」
無邪気に笑ってそう言い放った。
まっすぐに向けられている灰色がかった青色の瞳は、哀れみとも同情ともまた違う色を放ち、横たわる私の瞳の奥に揺さぶりをかけてくる。
「ハク……うっ……かはっ……」
再度話しかけようと手を伸ばしたが、息苦しいほどの高熱で体が重い。
きっとこれは天罰だろう。
システムエラーによる熱暴走 (※)が、ユーザーの痛覚にまで影響を及ぼしている。
そんな事これまでなかったし……想像すらしていなかった。
※熱暴走:本来は電子回路や化学反応などにおいて使われる用語だが、ここでは体温が上がりすぎて制御できない状態のことをさす。
──ふっ、自業自得か。
こうなった原因はよく分かっている。これは全て自分のせい。大きな力に抗う勇気のなかった意気地無しの自分のせい。
────
三十代前半。当時の私は浮かれていた。ゲーム会社に入って初めて、自分がリーダーとしてひとつのゲームを作り上げるプロジェクトを任された事に。
しばらくして、完成を迎えたそのゲーム。
それが形となった時、ゲームクリエイターを志して生きてきた私は、これ以上ないほどの喜びと興奮を味わった。
【
もう既に流行り始めていたVRMMOに独自の世界観をプラスした、新感覚RPG。特に性格や言動に寄与したその稀有なステータス表示は、情報公開時から世間的にも絶大な支持と高い評価を受けていた。
もちろんこのゲームにもいくつか小さな欠陥はあった。と言ってもそれはまだアルファ版(※)の段階の話。むしろそこまで、不具合が全くと言っていいほどなかった事の方が不思議だ。
※開発初期において性能や使い勝手などを評価するためのテスターや開発者向けの版。
そして月日は流れ、一部ユーザーに公開されたベータ版(※)。
※正式版をリリースする前にユーザーに試用してもらうためのサンプル版。
VRMMOプレイヤーという職業が大ブームとなり始めていた事もあり倍率の非常に高い抽選を経て、いつも通り行われたそれも、過去にないくらいの大好評に終わる。
その結果を受け、賞賛の声と共に会社の方針はすぐ製品版の大量普及へと移った。
順風満帆。本当に何もかもが順調に進んで、その頃は全てが自分への追い風のように感じていた。
そんなある日。
「え……っ!?」
職場の同僚から報告を受けて、見落とすはずのなかった大きな不具合が見つかった。
大まかに説明すると、このゲームは本来プレイヤーの脳を経由して全ての感覚を一度遮断し、ゲーム世界のユーザーとそれを繋ぎ直す事で成り立っていた。それがよりリアリティを追求した結果。
しかし、この不具合はそれに何らかの原因で過度な負荷がかかり、現実世界に戻った時の人間に記憶障害や精神障害を与えてしまう危険がある……というものだった。そして最悪の場合、現実世界の人命にすら関わってしまう恐れもある、と。
医療に携わる研究チームからそんな事実が発表された。
リーダーであった私には、その原因が全く分からなかった。
気が動転し慌てて会社の上にそれを報告する。そして命令を受け、ただちに被害の規模を確認。
その数、わずか20。
この時点で会社のとるべき方針なんて決まっていただろう。
「いや! そんなはずはありませんっ! ベータ版でもこのような異常は微塵も見られませんでした。デバッグはしっかり行われていますし、せめて原因を探ってみないと──」
私の声なんて、届くはずもなかった。
「言い訳は聞いておらん。事は現に起こっている。……リーダーはお前だろう? 一応聞くがこの最悪の事態をどうするつもりだ」
首を切られる覚悟は出来ていた。
「原因が分からないとなると、一度サーバを全て停止するしか……」
何よりもユーザーの安全が第一だ。もう既にそれが取り憑いている者もいるかもしれないが、今はこれしか方法がない。まずは被害の可能性を最小限に抑える為にも……
「ふざけるなっ! 世界で何千万のユーザーがログインしたと思っている! そんなのは不可能だ。それに……そんな事すればこの件が世間に知られてしまうでは無いか!」
会社から私へ出た指示は──隠蔽だった。
確かに、もしこのゲームの製品版に人間の生命を脅かす欠陥があるなんて世間に知られたら、個人だけでなく会社全体がどれほどのバッシングと損失を被る事になるか私には想像出来ない。
だが、私は確信していた。
「人が死ぬかもしれないんですよ?」
──多分、上は何かを隠している。
「ふんっ、何千万のうちたかが20が死んだ所でゲームのせいだと誰が気づく? ユーザーは世界各国に散らばっているんだぞ?」
狂っている。
「俺はお前を護る為に言ってやってるんだ。全てはお前の責任だろう? このプロジェクトのリーダーなんだから」
──ああ、そうか。……利用されたのか。
最初からこれは夢だったんだ。
許せない。
この期に及んで上司に庇って欲しいとも、企業に護ってもらえるとも思っていない。自分の中でこれからどうするべきかなんて明白だった。
外からが無理なら中から探るしかない。
ゲームを本来あるべき姿に。
そうして私は会社を辞め、そのゲームの中へ飛び込む事となる。
その後、会社が秘密裏にそのゲームの新たな機能として強制ログアウトを追加した事も知らず、私は旅を進める中でようやく
ちょうどそんな時だった。
私がアルテミスに出会ったのは。
……To be continued……
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次回:第89話 CREATER⇐
✱最終改稿日:2020/10/24
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