第86話 CLEVER⇐
「あの……ここまで見越して、ロキさんは俺にあの訓練を?」
蒼色の弓矢を使った訓練。それは俺もよく覚えている。俺が初めて通常スキルの部分発動を身につけた場所。その反応から、あのタワーへ連れていったグレイさんも、もう全てを知っているように思われる。
「……いえ、違いますよ。あのタワーの訓練は、団長が私に相談する事なくあなたに課したものですので。まあ、ハクのあの訓練を目にした時から、いつかこうなるかもしれないとは考えましたがね」
ロキさんが眉間に皺を寄せて、申し訳なさそうな笑顔で俺の顔を覗き込む。
「俺がいずれ誰かの
「いや、あ……ええ、そうですね」
返事に戸惑いが見えたが、そんな事は気にならなかった。今は何よりも、自分の背負っていた物が見た目より重いものであった事に対する衝撃が凄まじい。
その後俺は、昨夜目にした事も、今聞いた事も他言する事のないよう指示を受けた。
「──以上です。ハク、もう席を外して構いませんよ。御協力感謝です」
そう言うとロキさんは、早々に今回の戦闘で使った武器を手に取り、黒スーツの内ポケットから取り出した布で磨き始めた。
すると俺もその態度に促され、一度踵を返そうとしたが、そこでひとつ思い出した。
「ロキさん。あの時は、助けて下さりありがとうございました」
最後に、どうしてもこれだけは言っておきたかった。
「あの時?」
一瞬驚いたような顔で目を丸くして、再度俺に目を遣ったロキさん。
「俺たちが自分と相手の力量も踏まえず、窓を開けようとしたあの時……正直、自分にも何か出来るんじゃないかと。浅はかでした」
深深と頭を下げる。
俺は、巨大化したヤミィさんの正体を知った今、あの行為がとんでもなく危ない選択であったことに気付かされていた。
(もしかして、紅色の光撃を喰らっていたら、俺たちもヤミィさんみたいに……?)
ロキさんが身を呈して、相手の攻撃を受け止めてくれていなかったら、俺たちがどうなっていたかは分からない。
だから、とにかくお礼を言わずにはいられなかったのだ。
「頭を上げてください」
しかし、すぐさま部屋にピシャリと響くロキさんの凛とした声。そして、自嘲気味に微笑んで、その蒼色の瞳は儚げに伏せられた。
「ふふっ、律儀ですね。貴方も、ジークも。
後で御礼を取り消したいと思っても、もう遅いですよ」
今度は、横に座っていたグレイさんがロキさんの方を一瞥した。
「……?」
(取り消したい?)
「──いえ。礼には及びません、という意味ですよ。また今度、私がピンチになったら、ハクが助けてくれれば良いだけでしょう?」
そう言うと、ロキさんは珍しく真っ白な歯を覗かせながらニッと笑って、自分の磨いていた武器へと視線を戻した。
◆
「……グレイ。なんですか、その顔は」
それはハクが去った後、部屋に残ったグレイに対するロキの言葉。
「副団長。なぜ、あそこまで……ハクに」
いつも通りカタコトではあったが、グレイの言わんとする内容をロキは分かっていた。
──私が、どうしてここまでハクに肩入れするのか。きっとそういう意味でしょう。
確かにそれは不思議に思われても仕方のない事だった。
副団長の立場であるにも関わらず、今までハクの訓練のほとんどに同行。しかも、そのほとんどが特殊な個別訓練。
他にも、入団試験の免除。グレイは知らないが自身の拠点での秘密特訓や、幹部でもない彼に臨時会議への参加許可も与えている。
それはどう考えても、Sランク騎士団の端っこにいる駆け出しの新兵にするものでは無い。自分でもそれはよく分かっていた。
他にも団員が150名以上在籍するこの騎士団。下手したら反感すら買いかねない。
ロキは、答えに迷っていた。
目の前にいる男は、再結成前の
恋人の身を案じていつも以上にピリついているこの男だが、少々堅物なだけでそこまで馬鹿ではない。むしろ、冷酷に問い詰めるこの視線は、もうだいたい勘づいていると言った余裕さえ感じられる。
──言い逃れは出来そうにない、ですか。
「はぁ、だから、、、あなたに
ロキはため息をついて、椅子の背にもたれかかる。
そして、細い片腕を目に乗せて天を仰ぐと、諦めたように言葉を紡ぎ始めた。
「単刀直入に言うと、我々が忘れもしないあの日──強制ログアウトが実行される直前、涙一滴も流さなかった彼が私に告げたから、ですかね」
ロキの言葉が放つ謎の緊張感が、部屋中の物音をかき消した。
「“このゲームのどこかに、自分を救ってくれたとある青年騎士がいる……と。それがハクであると私は確信しているんです」
……To be continued……
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次回:第87話 WILL⇐
✱最終改稿日:2020/10/24
※次回から過去編(主にハクの)となります。よろしくお願い致します。
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