第84話 CHAIN⇐


 今、コンタクトを終えた俺とジークは、団長から命じられた場所へと移っている最中だった。




 目指すは、宿屋の隣にひっそりと建つ、煉瓦で作られた時計台の最上階。


「よし。ジーク……こっちだ」


「そこ……気をつけて、ハク」


 別に他の団員にバレてはいけないと指示を受けたわけではなかったが、何となくその方が良い気がして、声を潜めて会話を交わしながら俺達は歩を進めていた。


 皆が寝静まった宿屋を裏口から抜け出し、その時計台の真下に辿り着くと、ギィと軋む古びた扉をそっと開け、俺たちは言われた通り長く薄暗い螺旋階段を駆け上がっていく。


 その間、月光の差し込む四角い小窓はいくつかあったが、ロキさん達の方の戦況は宿屋の建物の陰に隠れて全く見えなかった。


「あれは……月の光か?」


 途中、ジークがそう言った。確かに螺旋階段の上の方からも青白い光が零れている。


(俺、あの特徴的か蒼色をどこかで見たような気が……どこだろう)


 なんとなく見覚えのある色の光。


 タッタッタッ


 登っていくうちに先に見えるその光がだんだんと強さを増していき、それが恐らく最上階からのものだと分かる。


 そして


 ……タンッ


 辿り着いた。



「「うわっ」」


 二人とも、最上階のあまりの明るさに声が出た。これまでの倍以上。それはどう考えても月の光ではなかった。


 思わず瞼が閉じそうになるのを堪えて、俺はその光芒を遡る。するとそれは、巨大な時計の文字盤の上半分を象ったような半円の窓から、眩しすぎるくらいに差し込んでいた。


 その光が文字盤を照らし、こちら側の地面に影を落としている。


 俺とジークは慌ててその半円の窓枠にしがみついて、外を見下ろした。


「……!」

 次の瞬間、俺たちの目は、蒼色のロングソードに釘付けになっていた。


 それはちょうど、両手で握るそれを縦に振りかぶった一人の小さな騎士が、大きな大きな人影に立ち向かっていくところ。


(ロキさん──っ!!!)


 しかし、彼が空間を縦に引き裂くにように飛ばしたひとつの斬撃は、一瞬にして黒い人影の紅い光の中へと飲み込まれていく。


──ドカァンッ!


 黒い大きなその人影はロキさんを軽々と振り払う。自分の騎士団の副団長が凄まじい勢いで叩き落とされて、地面に背中を打ちつけるのがはっきりと見えた。


(こんな時、俺に秘密シークレットスキルがあれば──)


 初めてそんな事を考えた。


 その時。


「ハクっ!」


 急に名前を呼ばれ、ヒュッという風を切る音と共に何かが俺の方へ飛んでくる。


──パシッ


 反射的にキャッチ。


 俺が握っていたそれは、どこかで見た事のある蒼色の弓だった。


「ハク! 今から1分後にそいつをヤミィに向かって放て! 狙うのはどこでもいい!」


 そう言ったのはナツさんだった。


(あ……ナツさん! ……ん?)


 突然の事に俺はナツさんを二度見した。


「大丈夫! 心配はいらん。

 適性もあるらしいし、ハクなら出来る!

 俺がジークに合図を出す。そしたら、1秒以内にそれを放つんだ!」


 一方的に喋られて口ごもっている間に、ナツさんは行ってしまった。


(適性……?)


 そんな疑問を抱いている場合ではない。それに、課せられた任務もとても断れる状況ではなかった。




 それは、俺にとってこれまで味わった事の無い、とてつもなく長い1分。




 下に見えるのはロキさんとナツさん。


 あ、団長もいる。


 ──と、ヤミィさん。


 グレイ隊長はと言うと、遠くの向かい側の空にぽつんと浮かんでいるが、もう既に呆然として何も言わず、ひたすらその戦況を見下ろしていた。


 団長がこちらを指さして、ロキさんに何かを伝える素振りを見せる。それに対してロキさんは、何故か安堵の表情を浮かべた。


 すると、そのふたりにナツさんを加えたその3人の騎士達は、目にも止まらぬ速さで、縦横無尽にヤミィさんの周りを駆け回り始めた。


 俺には、今彼らが何をやっているのかも分からなければ、これから何が起こるのかも全く分からない。


 ヤミィさんの本体を狙うわけでもなく、ひたすらに周りで縦横斜めへと移動スキルを使いまくる騎士たち。


 そして、スナイパーになった気分でターゲットに狙いを定める俺の心の準備は、それと呼応するようにいつでも来いと言った感じになっていた。


 目的は何であれ、何をすれば良いのかが明確な分、それくらいにバッチリ準備出来る。



 「ハクッ! 今だ!」


 ジークがそう叫んだ瞬間に俺は片目を閉じる。


 そして、思いっきり矢を放った。


 するとそれは、さっきロキさんの握っていたロングソードと同じく、目も開けられないほどの蒼色の光を放って俺から離れていく。


 ヒューッという音を立てて、まるでロケット花火のように、まっすぐヤミィさんへと向かっていった。




 次に俺の耳に届いたのは、




 ドスッ……………………カチャンッ




 放った矢が見事ヤミィさんを捉えた事が分かる生々しい音。


 そして、知らぬ間に彼女の身体をぐるぐると縛り付けていた蒼色の頑丈な鎖が、光を失て地面に力なく打ち付けられた、寂しげな金属音だった。




──ピピッ


秘密シークレットスキルNO.5。改修リペア完了』








        ……To be continued……

────────────────────


次回:第85話 GUILTY⇐

✱最終改稿日:2020/10/24

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る