第83話 BLUE⇐


 ──事の全貌を見つめるハクとジークには、閉められた窓の外の声がほとんど聞こえていなかった。


「ヤミィ! シオンを放せっ!」


 グレイはこれまでハクに対する口数が嘘のように、巨大な黒い人影と化してしまったヤミィに向けて大声を張り上げる。


 綺麗な横顔を汚し、ぐったりと力なく目を瞑る傷だらけのシオンを握り締めたままの彼女ヤミィは、依然として副団長の事も隊長の事も認識していないかのように左手の紅い槍をブンブンと大きく振りかざす。


 それは誰かを狙って攻撃しているというよりは、がむしゃらに振り回しているといった感じだ。


 それに対しグレイは大した反撃も出来ずに未だに上から見下ろしていた。やはり恋人に対して刃先を向ける事に躊躇いがあるのだろうか。圧倒的なオーラを放ついつもの堂々たる構えに少し迷いが見える。


 彼は普段使っている大きな黒刀を構えたまま、一旦瞼を下ろして深呼吸をした。




「くっ……」


 ヤミィに対する個人的な想いと、時折グレイの耳に聞こえてくるシオンの苦しそうな声が、彼の決断を鈍らせていた。


 しかしその数十秒後、グレイは意を決して目を開けた。とりあえず大きいのを一撃喰らわせなければ今度はシオンの身が危ない。やはり隊長として守るべきはチーム。私情なんか挟んではいけない。


 飛行スキルと同時に移動スキルを発動させて極力ヤミィへと近づいていく。


 近づいていくにつれ、もの凄い悪寒が彼に襲いかかった。



「グレイ、待ちなさい」


 しかしそんな時、強い意志を帯びたように低く、ロキの優しく妖艶な声が響き渡った。


 グレイは何も言わず、その声の方に首から上だけを動かす。


「私がやります。そこをどいて下さい」


 そして、不思議そうに琥珀色の瞳を揺らすグレイにロキは言い放つ。暖かい声色とは裏腹に、その目は笑っていなかった。


「これは貴方がやるべき事ではありません。たとえそれが騎士団の為、他の隊員の為と覚悟を決めてした行為だとしても貴方は後悔する事になる、私はそれを知っています」


 その瞳の琥珀色を飲み込むように、ロキの蒼色の瞳はまっすぐに向けられて一切揺れる事がなかった。


「貴方には一年前の私のようになって欲しくないんです。……ファルの心臓に蒼剣を突き刺して現実世界へと追放した私のようには」


「……!?」


 その言葉にグレイは固まった。その人の事は知っている。だが、ファルさんが外の世界に行ったのは自分の意思での決定だと団長から聞いていた。


「それに……その黒い武器では彼女に何のダメージも与えられませんよ? にかけられた人には蒼の武器で対抗せねばなりませんから」


 全てを悟ったようにロキは目だけで笑う。


「副団長。何を……?」


 動揺し切ったグレイを他所に、ロキは前だけを見据えていた。


 両手で体の前に大きく構えられた蒼色のロングソードは、さっきハク達を護った時よりもさらに月に反射して輝きを放ち、周囲の空気を圧倒している。


「ふふ、一年経ってもこれが私の役回りなのでしょうね。……さあ、やりましょうか」



────────



 一方、俺とジークはただそれを見つめているだけでどうする事も出来そうになかった。が、こんな光景を目の前にしては何かをせずにはいられない。だから最大限の役割を果たそうとある行動をとった。


 だってロキさんとグレイさんで敵わないならもうそうするしかないと思ったから。



『コンタクトを使用しますか?』


YES⇐

NO


『使用する相手を選択してください』

[フレンドユーザー名一覧]

〇 ……

◉カリアス

〇 ……

〇 ……


〔── ザッ ── ガチャッ……どうした!?〕


「団長っ! 今、目の前で紅い槍を振り回した巨大な黒い人影が! ……いや、それはヤミィさんで……えっと、ロキさんとグレイさんに──」


 俺はコンタクトで団長に目の前で起こっている事をなんとか話そうとした。動揺しきっており、上手く説明できない。そして、しどろもどろになりながらも全て伝え終えると救援を求めた。


〔え……? おい! 落ち着け、ハク! ヤミィは今、紅い瞳をしていると言ったか!?〕


「はい、そうです。とりあえず傷ついたシオンさんが捕まっていて──」


〔──分かった! そこで待ってろ。ナツを連れてすぐにそっちへ行く!〕


 そして、どうしていいか分からない俺達に向かって、団長はSORDソード越しに力強く、落ち着いた声でそう応えたのだった。








        ……To be continued……

────────────────────


次回:第84話 CHAIN⇐

✱最終改稿日:2020/10/24

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