第82話 MONSTER⇐
窓の外にあった光景。
まず目立ったのは、地面をぼんやりと照らす街灯のような、ふたつの紅い円形の光。
そして、その巨大なレーザーポイントに照らされていたのは俺達のよく知る二人の騎士の姿だった。
「なぁ、ハク。あれってロキさん、とグレイさん……だよな?」
耳打ちするような小さな声で、恐る恐るジークが尋ねてきた。
「ああ、そうだな」
確かにジークの言う通りだった。
「でも、どうしてあんなに衣服がボロボロに……それに、あの光はいったい──?」
しかし俺が驚いたのは、これまでに見た事がないほど疲れきった様子の二人。あれほど強く何でも平然とした顔でこなすロキさんやグレイさんが、小刻みに肩で息をしながら剣の先端を地面に落とし片膝をついている。
初め、彼らが対峙している相手の姿が全く見えなかった。
(いったい何と戦っているんだ?)
俺は紅い光の先端から視線をゆっくりその出処へ向かって遡らせていく。
そして、ようやく全体像を捉えた。
「……なっ!!! おい、ジーク……あれは何だ?」
掠れた声でそう言うのが精一杯だった。
「ハク……俺は夢を見ているのか?」
そう返したジーク。彼もその状況を把握したようだ。
──俺はその時、初めてこのゲームの裏側を知るということの恐ろしさを味わった。
息を切らす騎士二人と対峙していたのは、体長5メートルくらいに見える巨大な人影だったのだ。
それは、現実世界では絶対にありえない、ありえてはいけない化け物のような……。
左手には体相応に巨大な長槍、そして驚くべきことにその右手には、ぐったりと力なく項垂れるシオンさんの姿が見えた。
しかし、それ以外は何か声を出して威嚇しているわけでも二人に攻撃しているわけでもない。今のところただそこに佇んでいるだけ。まして、部屋の中にいる俺たちにその顔は向けられていない。
俺とジークは気づけば慄然として震え上がり、まずは自分を守ろうと武器を手に取っていた。
しかし、次第にやはり俺たちは騎士だという思いが湧き上がってくる。騎士団のトップが苦しんでいるのに、こんな光景を黙って見ているなんて出来ない。
そんな思いと共に、初めは自分の為に握ったはずの武器が、徐々に
((……うん、行くぞ))
俺はジークと目を合わせて、覚悟を決めたように同時に頷いた。
そして、居てもたってもいられずもう飛び出してしまおうと窓を開けた……その時。
──ピシャッ
開けたはずの窓は、一瞬にして閉じられた。
「え……?」
驚いた俺は再度窓の外を確認する。
──ギィィィィンッ!
俺たちの窓まであと数センチ。そこには、向けられた紅色の槍の先端を蒼色のロングソードで受けきり、俺たちを守るロキさんの背中があった。
ぐっと押されていてもなお、決してそのボロボロの背中は窓につけない。
そして、一瞬にして振り返り、鋭い眼光を飛ばしてこちらを睨みつけたロキさん。紅い槍の攻撃のあまりの迫力に腰を抜かした俺たちは、恐る恐るそれに視線を重ねた。
──貴方達にはまだ早い。
そう言われているような気がした。
なぜなら、月に反射して煌めくロキさんのその蒼色の瞳は、この緊迫した状況とは裏腹に、そして俺たちの浅はかな行動を制するよういつも以上に優しく細められていたから。
「ヤミィっ!!! グレイだ! 俺の声が聞こえないのか!!!」
次に俺の視線を釘付けにしたのは、奥から俺たちの方へ勢いよく移動しながら声を荒らげたもう一人の騎士、グレイ隊長。
俺はさらに驚いた。これまでと別人のように叫ぶその騎士の姿と、その巨大な人影……いや、化け物の正体に。
そう。信じられないが、その化け物のような巨大な人影はヤミィさんだったのだ。そして今の彼女には、恋人であるグレイ隊長の声さえも届かない。
俺の脳裡にはランスの放った紅い矢がチラついた。
(あれは、そういうものだったのか?)
普通なら絶対に呑み込めないその状況に、
飛行スキルを使ったのだろう、青白く綺麗な満月をバックに、空中に浮かんで人影をじっと見下ろしているグレイ隊長。普段は寡黙な彼の琥珀色の瞳は、これ以上ないほどに血走り、激しく──寂しく揺れている。
「ヤミィ……俺のことが分からないのか?」
絶え入るように低く掠れた声。
その時、腰を床に着けたまま窓の外を見上げる俺には、月明かりに照らされた光芒が一筋、彼の頬を伝って下に落ちたのがはっきりと見えていた。
……To be continued……
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次回:第83話 BLUE⇐
✱最終改稿日:2020/10/24
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