第81話 ABNORMAL⇐


「この先の遠征は第一部隊副隊長代理を『ケーシィ』、貴方にお願いする事にします」


(え──……?)


「ふ、副団長!!! ヤミィさんは!?」


 当然の疑問。


 第一部隊隊員のほぼ全員がその言葉に顔を曇らせて、いつもより疲れを見せた様子で険しい表情を浮かべるロキさんをじっと見つめていた。


「ヤミィは身体上の都合により、ランに連れ帰る事に致しました」


「え──」


 隊員の誰かが微かに声を漏らす。しかし、


「これ以上私の口からお伝えするべき事はありません」


 それでもなお、ロキさんは瞳に固い意思を宿して、詳しくを伝えようとはしない。




 その理由を俺は知っていた。昨夜の光景がこの目に焼き付いて離れない。……というか、あれはよくここまで隊員に知れ渡らずに済んだというくらいの大事件だった。


 ロキさんの言葉に反応して思わず右隣に顔を向けると、金髪の彼と視線が重なって苦笑を浮かべ合う。


 ジークと思い浮かべた光景は同じだった。


 昨夜のあれがこのゲームの裏側の片鱗かと思うとゾッとする。



──────── ◀︎◁◀︎◁ ────────



 ランスと再会したその夜。


 ぼんやりと差し込んだ青白い月明かりが、俺たちの宿泊部屋の窓際にある、何の花も飾られていない赤い花瓶を照らしている。


 同じ部屋のジークがぐっすり寝息を立てているにも関わらず、俺はずっと寝つけずに二段ベッドの上段であぐらをかきながら、なんとなしにその花瓶をじっと眺めていた。


 眠れなかった理由は、決して負傷し様子のおかしかったヤミィさんの身を案じていたからではない。


 彼女も一人の騎士、しかもSランク騎士団の大佐。たとえあの弓矢に何があったとしても、きっと大丈夫だろうと俺は思っていた。


 では、俺は何を考えていたかと言うと、昼間に見たランスの様子について。


 あの時は気が動転していて、自分の隊に攻撃を向ける彼を無意識に敵とみなしていた俺だったが、今となって改めて思い返すとあの光景は純粋に寂しく悲しいものに思われる。


 運命の再会とまでは言わないが、久しぶりに会った彼は笑っていなかった。


 今日の彼は、俺のことなんて微塵も覚えていないように冷たく感じて、また、騎士になった事と引き換えに何か大事なものを失ったような、そんな彼の豹変ぶりがとても気にかかっていた。





(そういえば……あの時──ランスがDAYBREAK夜明けの本拠地で俺と別れる直前、何か──)


 そして、今日まですっかり忘れていた、そんな些細なことを思い出した。


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 それは、俺がランスといた最後の日。


 また、俺がDAYBREAK夜明けに入団したちょうどその日。


「ハク」


 別れの時、不自然なほど勢いよく至近距離にいた俺を呼び止めたランス。


「ん?」


 お礼を言い終わり顔を上げた俺に、彼のまっすぐな視線は重なった。


「あ、いや…………やっぱりいいや」


 しかし、声に反応した俺と目が合うとすぐさま彼は視線を逸らしながら、笑いながらそう言った。


「え……? いいのか?」


 だいぶ不審に思って聞き返す。


「うん、大丈夫」

 それでもやはり、保育士としてソメタナに戻ると言った彼が、俺の瞳にはいつも通りの優しいランスに見えていて、結局あの時の俺はその続きを深く問いつめる事もなくランスと別れてしまったのだった。


「……おう、ならいいか」


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 今更になって、そのテキトーな返事を後悔する。


 あの後、いったい彼に何があったのか。


 矢を射る対象を見つめる彼の瞳は、以前と変わらずまっすぐなままで、俺はさらに動揺してしまった。


 バックにいる誰かに操られていると思いたかったが、それを見た時はランスが自ら選んでいる道のようにも映ったのだ。


 ほぼ毎日俺が寄付をしに会っていた彼が、今ではもうずっと遠くにいるように感じて寂しい。


(やっぱり……あいつは俺に何か──いや、そんな過去の事を考えていても仕方ないな。まだ正体すら分からない、、、俺はあいつともう一回会ってちゃんと話す必要がある)



 首を横に振り、頭に浮かぶモヤモヤを振り払った俺は、花瓶から視線を外し、両手を頭の後ろに組んで天を仰ぐように深い息をついた。そしてその後、再度窓際に視線を戻す。


 知らぬ間に花瓶に映っていた月明かりは消えていた。




 ──ん?


 突如、視界に飛び込んできた二つの紅い光。


 俺はそこで初めて窓の外に目を遣る。


 そっと音を立てぬようベッドから飛び降り、暗がりをかろうじて照らすその紅い二つの点をじっと見つめた。それはあちこちと宿屋の広い裏庭の地面を照らしていくように動き回っている。


(なんだ……?)







「え────う、うわあっ!!!」


 そして、それが何であるのかに気づいた時、俺は熟睡していたジークを起こすほどの大声を上げて驚いてしまった。




「……ん。なに? どうしたの、ハク」


 上手く言葉が出てこない俺は、震える指先だけで身体を起こしたジークの視線を促す。


「え……窓の外か? 

 う────うわああああっ!!!」


 俺と同様、大声で腰を抜かしたジーク。




 そこには、常軌を逸した光景が、俺たちふたりを見事なまでに嘲笑っていた。








        ……To be continued……

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次回:第82話 MONSTER⇐

✱最終改稿日:2020/10/19

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