第80話 LOVER⇐


──ピシッ


〔……っ!〕


 ランスが矢を放ったと同時、彼が顔を少し歪め、息を呑んだのに俺は気がついた。


 彼は確実に何かを間違えた。


 それでも風を切り裂き、勢いよくこちらへと飛び出した紅い矢。



──



 至近距離であったにも関わらず、グレイ隊長は見事に移動スキルでそれを躱す。隊長の羽織っていた薄手の外套の端が少しだけ矢の先端に触れた。



──



 しかし、それはスピードを落とすこと無く微かにブレながらも真っ直ぐに向かってくる。そして、目にも留まらぬ速さで俺の頬スレスレを通り過ぎていった──……



──



 直後。



「グレイっ!!!」


(え──?)


 後ろから上がった、女性の鋭い叫び声に俺は驚いて咄嗟に振り返る。


 その矢はUターンするように急ブレーキをかけ、とんでもない勢いでまたグレイ隊長の背中へと迫っていた。



──



 するとそこに、庇うようにグレイ隊長へ背中を向けながら飛び出して、馬上で両手を広げるヤミィさんの姿。


 その場にいる全員に緊張が走った。



──グサッ



 その矢は彼女の右肩に突き刺さった。これは、グレイ隊長の心臓を背中から貫きかねなかったこの場面においては幸いと言うべき事なのだろうか。


 このゲームの痛みにはある程度慣れている第一部隊副隊長。彼女本人も少し顔を顰めただけだし、その程度の傷なら5秒もすれば問題なく動けるはず。


 俺達は一通りそれを見終わると、切り替えて次の攻撃へ移ろうとした。


 グレイさんは少し顔を歪めたが、安心したように俺と再度ランスを捉え直す。



 しかし、



──ドサッ


(え──……?)



 背中側から何かが力なく崩れ落ちた音に嫌な予感がして、再び振り返る。


 すると、先程矢を喰らったヤミィさんが馬から転げ落ちており、右肩を自ら押さえつけるように反対の手で握りしめ、尋常ではない痛がり方で地面をのたうち回っていた。


  近くにいた隊員達が慌てて駆け寄り、何度も大声をかける。


 普段ヤミィさんがそこまで苦しむ姿を見た事が無かったのか、彼らは見事なまでに全員狼狽えていた。


 俺は何気なくグレイ隊長の方を見ると、他の隊員達同様、ヤミィさんに駆け寄ろうとしてつま先を後ろに向けているのが分かった。


 しかし、そんな状況であっても隊長が優先順位を見失う事はないのだ。


 その端正な横顔に滲み出ているのは、言い表しようの無く途轍もない怒り。


 言ってしまえば、そこに第一部隊隊長としての感情は無いに等しかった。


「攻撃開始」


 そして、隊長はそっと目を閉じて誰に言うでもなく、小さく掠れた声でそう呟いた。



 次の瞬間。



──ズダンッッ! バリバリ……



 一瞬何の音か分からなかった。


 気がつくと、隊長の振り下ろした大剣が地面を引き裂いていたのだ。そのひびが素早くジグザグにランスへと向かっていく。


 さすがのランスも初めて感情を露わにして、焦ったように飛び上がった。


 そして、だいぶ後方に着地すると、怯えながら更なる後ずさりを始めた彼。隊長も俺もそれを逃がすまいとランスに追い討ちをかけようとした。


 しかし、


〔任務失敗……直ちに撤退致します〕


 どこか寂しそうに、ぽつりとそれだけを呟くと、彼はあっという間に俺達の目の前から姿を消してしまった。



  ◆



 近くの宿屋を見つけ、未だに激痛に耐えて苦しそうな息を漏らすヤミィを運び込んだ第一部隊。



 グレイは何も言わず、彼女が肩で息をしながらうなされている傍で、思い詰めたような顔をして椅子に腰かけている。



──ガチャッ


「……グレイ! ヤミィは大丈夫ですか!」


で連絡を受けた団長に命じられたロキとシオンが、本拠地からその宿屋に慌てて駆けつけてきてくれた。


「ロキさん──」








「え、なんて……?

 その矢はあか色だったんですか!?」


 シオンにヤミィの事を任せて、グレイから今回の件の事情の全て聞いたロキ。彼はヤミィの身体より異様なまでに紅い矢に食いついていた。


 いつの間にか消えていたその矢の色は、鮮やかな紅。それは確かに、隊員の誰もが記憶しているほど印象的なものだった。


 そして、それを聞いて目を見開いたロキは、意味の分からない事を言う。


「グレイ……落ち着いて聞いて下さい。彼女が目を覚ましたら、貴方は彼女を好きでいられなくなるかも知れません」


 いつも通り言葉は発さないまでも、さらに困惑した様子のグレイ。




 ガタガタッ


「きゃああああ! 誰かっ!!!」


 響き渡ったのは、隣の部屋でヤミィの傍にいるはずのシオンの声だった。



──ガチャッ


 「ど、どうした!!!」


 突然の叫び声に驚いてグレイがその部屋を覗くと、


「──ッ! しまった」


 微かに響いたロキの声。そこには、さっきまでのヤミィと同じ格好をした別人のような女性の人影が、シオンの首を両手で締めるように押さえつけながら、ロキとグレイの方をじっと睨みつけていた。


 見た事もないほど鮮やかに染められた、真紅色に光り輝くその瞳で。








        ……To be continued……

────────────────────


次回:第81話 ABNORMAL⇐

✱最終改稿日:2020/10/18

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