第79話 CRIMSON⇐


 ランスが……騎士の格好を……?


(もしかして、俺と別れた後にもう一度騎士をやろうと思える何かがあったのか!? まあきっかけは何にせよ、ランスが念願の騎士に戻れたのは確かなようだ。……良かった)



 トラウマとなった入団試験の事を俺に話してくれながら、肩から外した保育士のエプロンを腕にかけていたランス。その頃の彼はいつも辛そうで、どこか騎士を諦め切れないといった様子に見えた。


 その彼が今、ようやくそれを克服し、立派な騎士の姿で俺の前に現れた。彼にとっても俺にとってもこんな嬉しい事はない。


 はずなのに……






 ──違う。



 それならどうして……どうしてそんなにつまらなそうな顔をしているのか。


 馬上で紅い弓矢をグレイ隊長に向ける彼は今、口元に一切笑みを浮かべることなく、それはそれは冷ややかにこちらを見据えているだけ。第一部隊隊員に四方を取り囲まれても、それが変わることはない。


 俺はそこに何の感情も見て取ることは出来なかった。ランスのそんな表情をこれまで見た事がない。


(ランスにいったい、何があったんだ?)


 以前、俺の隣で常に笑っていたランスはどこかへ行ってしまったようだ。


〔攻撃対象を確認。直ちに任務を遂行致します〕


「……ランス」


 ロボットみたいに誰かと話す彼のその名前を呼んでみる。


 そして、隊列の後ろの方にいた俺は、他の隊員をの頭で軽く押しのけながら彼の方へとゆっくり近づいていった。


 ん? ペガ? そう、俺の新しい相棒ペガ。


 あ、ちょっと待て。

 このタイミングで回想は──プツッ


────────────────────


──ピピッ


『情報をスキャンしました。軍馬登録へと移ってください』


軍馬登録


『名前を付けてください』


(なまえ……俺がつけるのか!)


 それまでは少し調子に乗って頭の中で“相棒”と呼んでいたので、正直名前なんて何でも良かった。


 しかし、その入力箇所には“ウマオ”と書かれた文字がうっすらと白く点滅している。


(ははっ。いやいやいや、それはない。オススメしてくれる運営さんには申し訳ないけど、全然カッコよくな──ダサすぎる、よな?)


 気が付かなかったら、危うくそのまま決定ボタンを押してしまう所だった。


(かと言って、これ! という名前も思いつかない。うーん、どうしようか……)


──ピピッ


『名前の登録が完了しました』


(えっ! まだ何も完了してないけど!?)


 慌ててSORDソードの画面に目をやると、そこにはまた見覚えのある大きな手が置かれている。


「ふはっ、お前がなかなか決められないようだったから俺が決めといた」


 したり顔でどこか悪戯に微笑んでいたのは、もちろん馬を一緒に選びにいったナツさんだった。


「えっ! ちょ………………はぁ」


(この人は本当にずるい。意外と人の事をよく見て行動してるから、何を言い返しても多分俺には勝てないだろう)


 俺の性格上、そうやって強引にでも決めてくれなかったら、どうせあのままずるずるいって日が暮れていたに違いない。


 ナツさんのなんでもお見通しなこの感じにももう慣れた。


「で? ナツさんは俺の相棒をなんて名前にしてくれたんですか?」


 俺がわざとやさぐれたような態度でそう尋ねると、ナツさんは一瞬目を見開いてまた笑顔で無邪気に答える。


「ペガ! あ、ペガサスのペガな?」


 ああ! なるほど! 納得。


 とは決してならないが、まあ悪くはない。


 という事で、“ペガ”なのだ。


────────────────────





「「おい、ハク」」


 相棒ペガに跨り進む俺を追いかけるように後をついてきたジークの声と、隊列の最前線にいたヤミィさんの声が重なる。


 俺はその呼びかけに見向きもせず、まるでランスに吸い寄せられていくかのように隊長の隣にまで辿り着いていた。


「……」


 そこは予想以上に緊迫した空気に包まれていて、言葉なんて出なかった。結構な至近距離で対峙しているにも関わらず、沈黙したまま動かない隊長とランス。


 早々に弓矢を隊長に向けて構えたランスも、何故かその紅く光を放つ矢をなかなか放とうとしない。むしろ、必要以上に慎重になっているように見えた。


(……なんだ?)


──


 すると突然、ブワッと強い風が吹き、そう長くない俺の髪が逆立つ。


 風の吹いてきた方へ視線だけをずらすと、グレイ隊長が剣を抜いただけであった。


(す、すごい……)

 矢を向けられてもなお、圧倒的なオーラと自信を放って隣に佇む鉄人を目にした俺は、すっかり安心しきっていた。


 円を成した隊員達は、隊長からの指示を今か今かと待ちわびている。


 しかし、やはり彼等も心のどこかで、様子のおかしい一人の騎士が何をしてきたとしても俺達は絶対に大丈夫であろう、と余裕をかましていたのかもしれない。




 だから、誰も予想していなかった。


 そのわずか数秒後。

 ランスの手から放たれて俺の視界を横切った鮮やかなあか色の直線が、あんな事態を招く事になるなんて……。








        ……To be continued……

────────────────────


次回:第80話 LOVER⇐

✱最終改稿日:2020/10/18

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