第77話 EXPEDITION⇐


 強い風に吹かれ、俺の髪は元気よく暴れ回る。


 今日はいつもより高い目線から、いつもより流れの早い景色を眺めている。



(んー、やっぱり“騎士”はこうだな)



 俺は今、久々に馬の背に跨り、見た事のない大草原を疾走していた。


 しかも、俺の乗っている馬は……白馬。


 ん? いや……馬?



  ◆



「はあ? お前それ本気か? こっちだろ。ハクが白馬はくばに乗らなくてどうすんだ」



 馬小屋に入ると真っ先に俺の目に映ったのは、褐色の毛を靡かせる立派な軍馬。それに近づいていった俺に、ナツさんは呆れたように笑ってそう言った。


 これまで、俺は軍馬をバトルで必要な時でさえレンタルで済ませてきた。しかし、さすがに騎士団での長征ともなれば、そう何ヶ月もの間レンタルしている方がもったいない。


 だから、俺はようやく自分の馬を手に入れようと、ランの街の外れにある馬小屋にとりあえず足を運ぶことにしたのだった。


 そしてナツさんはそれを聞き、俺と相性の良い馬を探してやると言ってなぜかひょこひょこついてきた挙句、そう言い放ったのだ。


「……はあ、お前。白馬の凄さを分かってないようだな」

「え? 普通のと何か違うんですか?」

「おう! 全然違うぞ?」


(ああ、なんだ。ナツさんの事だからどうせダジャレを言ってみたかっただけかと思ったけど、そうじゃ無かったのか。よかった)



「白馬はな……なんてったってカッコイイ」


(……んぉ?)


 俺はナツさんの顔を見たが、彼はいたって真面目な表情を浮かべている。


「うん、やっぱ見た目が良いよな! これに跨って大草原でも走ってみろ。お前はもう白馬の王子様だぞ? あ、騎士か。はははっ」


(な……なに言ってんだ、この人)


 普段よりテンション高めで俺に訴えかけてくるナツさんに、これ以上ない冷ややかな視線を飛ばし、再度褐色の馬の方を振り返る。


 そうしようとしたその時、俺の背中にトンっと軽く何かが当たった。


 それは、白馬の鼻の先。


 行っちゃうの? とでも言うようなその仕草が妙に気にかかって、俺はなんとなく、そいつの美しい毛並みに沿うように、優しく手のひらで撫でてみる。


 毛の感触は見た目よりゴワゴワしており、顔つきも凛々しくどことなく強さを感じさせる。しかし、彼はそんな印象とは裏腹に、撫でられたのが嬉しかったのか、目を瞑って気持ち良さそうに俺に頭を擦り寄せてきた。


(意外と甘えん坊なんだろうか?)


 しばらくそうしているうちに、俺もなんだかその白馬が可愛く思えてきた。


(出会ったばかりなのにもう懐いてきてるし、もしかしたら俺との相性が良いのかもしれないな……ふふ、単純に考えすぎか?)


 そうして、ナツさんのダジャレから始まり結局は俺の意志で、旅の相棒をこの白馬に決めてしまったのだ。





「あ、そいえばハクって遠征は初めて?」


 その白馬を爽快に走らせて、気持ちよく風に吹かれながら辺りを眺め回していた俺に、隣から話しかけてきたのはジーク。


「ん? ああ、ホントだ。初めてだな」

「やっぱりそうか! 俺もこの騎士団に入ってからは初めてだからさ……今すごくわくわくしてるよ」


 第一部隊のこの遠征。その本来の目的を知れば、到底わくわくなんて出来るものでは無い。


 しかし、ジークはそんなもの知らない。いや、今Goddesses女神達の元へ馬を走らせているのが、本当はであると知っているのは、この第一部隊で恐らく俺だけである。


 なぜならば、他の隊員は当然のように、これが届け物を相手に渡す為の遠征だと思っているから。


 それはたった一枚の紙切れ。


 他の言い方をすれば、騎士団戦を申し込む契約書というものである。


 そこに相手の団長がサインをすれば、騎士団のランキングを引っくり返す為の騎士団戦をすることが可能になる。これは過去にも何度も行われてきた遠征。


 普通は第二部隊、第三部隊が行うものだが、相手がこの世界NO.1の騎士団ともなれば、第一部隊が出動するべきなのだろう。


 実に面倒くさいシステムである。が、それがあったが故に、裏スキルまで存在するこの世界の秩序が、ある程度まで護られてきたと言っても過言ではないだろう。


 言わば、俺たちはこのゲームの最強騎士団に正々堂々と宣戦布告をしに行く。


 俺以外の隊員全員はそう思っているのだ。


 恐らく、部隊の先頭にいる隊長のグレイさんと副隊長のヤミィさんすら、団長とロキさんの命令に操られて馬を走らせている。


 俺は少しだけ、与えられた任務の重みが分かった気がした。




「……でも、その後の騎士団戦も楽しみなんだよなあ。Sランク同士の対戦だろ? その中に参加できるんだろ? 最高だよなっ!」


 ハッと我に返ると、ジークはまだ俺に向かって楽しそうに喋っていた。終始笑顔で話しながら、満足そうに一人でうんうんと頷いている。


(ふっ、ひとりで喋ってひとりで頷いてる。兄弟揃ってすぐ俺を置き去りにするんだから。ここまで俺のペースを乱してくる人達も──いや、この騎士団はそんな人ばかりか)


「しししっ」


 歯をイーっと見せて声を出して笑う俺。それがそんなに珍しかったのだろうか。


 ジークが突然俺の顔を見て、それ以上に無邪気に笑い返してきた。


「ししっ……俺、ハクのその笑顔好きだ!

 なんて言うか前より仮面が取れた感じな」


 え──? 


 そんな何気なく放たれたジークの言葉に、俺はぎくっとして身を強ばらせた。どうしてそうしたのかは自分でも分からない。


(……)


 だが、確かに思い返してみると、こんな風に笑ったのは何年ぶりだろうか。


 もちろん意識してはいなかったし、俺自身もその変化に気づいてはいなかった。


 そして、俺の頭にはある事が過る。


(あれ、もしかして──……)



──ザッ


「……っ! 止まれーっ!」


 突如、俺の思考を遮るように、隊列の先頭からヤミィさんの声が鋭く上げられた。








        ……To be continued……

────────────────────


次回:第78話 JEALOUSY⇐

✱最終改稿日:2020/10/17

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