第72話 ENEMY⇐


秘密シークレットスキルを盗られた……っ!?)


 言葉では理解していても、あまり実感が湧いてこない。俺はまだ、今すぐにでも秘密スキルを手動で発動させられる気がしていた。


 ……がしかし、すぐに分かる。


 無いのだ。どこにも。スイッチが。


 は? 何言ってんの? そう思われるかもしれない。だが、それは確実に俺の中に存在していたものだった。


 漠然とした何か。俺の中で勝ちたいという小さな闘志が燃え上がった時、それは不意に現れて俺に選択を迫ってきた。


 そして、更には俺がそれ以上無いほど激しいある特定の感情に触れた時、それは自動的に発動されてきた。


 だから、おかしいのだ。


 俺は今、完全に冷静ではない。むしろ、自分でもあまりにも不甲斐ないと思うほどの負けを突きつけられて、動揺しきっているぐらいである。


 なのに、無い。それは、どこにも。


 別に誰かが亡くなったわけではない。だが、大切な何かが抜け落ちて心にぽっかりと穴が空いてしまった。そんな虚無感にその時の俺は襲われていた。


「……」


 部屋の中は、会議とは思えないほど静まり返っている。



「……すまなかった」


 おもむろに口を開いて、謝罪だけを述べたのはカリアス団長。


 俺のスキルが奪われた理由や手段に何か心当たりでもあるのか、ずっと思い詰めたような表情を浮かべている。


「いえ。まさかあの方々が総入れ替えの最中を狙ってくるなんて、誰も予想すらしていませんでしたよ。もちろん……私も含めて」


 そうやって冷静に言葉を紡いではいるが、ロキさんは明らかにこの中で一番悔しそうだった。


「なあ、ロキ。どうしてあいつ──」

「ええ。…………ええ」


 団長とロキさんの二人は顔を見合わせて、一度だけこくっと頷いた。


「な、何がどう──」


 俺は耐えきれず訊ねてみる。


「ああ。ちゃんと説明しようか」


 そう言って、団長は俺たちの方へ体を向けた。



「……ハクもすでに勘づいているかもしれないが、あの女共は……現在この世界で最強無敵とされる騎士団Goddesses女神達の団員なんだ」


Goddesses女神達!)


 タワーの最上階でNPCとして対戦した、あの騎士団。


 しかし、俺が覚えているのは圧倒的なオーラを放つ真ん中の女性剣士だけであった。


 桜色の綺麗な髪を隠すかのように白い被り物をして、端正な顔を覗かせるあの女性の冷ややかな視線は、未だに俺の目に焼き付いたまま。今思い出しても、身震いがした。



「それにな、あのNO.4。あいつはそれの副団長『ケイ』。確かに以前戦った時も頭のキレる厄介な印象……ではあったんだが、あいつは秘密シークレットスキルのなんて──」

「団長」


 ロキさんの制するようなその一言に、カリアス団長はハッとして言葉を止める。


 場は再び凍りつく。


 熱を持たないロキさんの視線が団長から外されて、俺をまっすぐに捉えた。



「ふう。……今回ばかりは致し方ありませんかね。あなたがたを信用して言うことにします。これは最高機密ですよ。どうか……どうかどこにも漏らさぬようお願い致します」



 諦めたように首を軽く横に振ったロキさん。



 彼が話し出したのは、幹部であるナツさんとシオンさんですら知らなかった事だった。



 一つ目の内容は、秘密シークレットスキルというものがこのゲームを作る際のシステム上のバグにより生み出されたものであるという事。


 どうしてそのことを二人が知っているのか。そう考える頭がこの時の俺にあれば良かったが、秘密シークレットスキルの話を夢中になって聞いていた俺に、そんな余裕はない。


 さらにロキさんは、こう続けた。


 それとは反対に、持ち主の秘密シークレットスキルを消す方法もこのゲームには存在する……と。


 そのバグの処理。これが二つ目の内容。


 話によると、それは全部で三種類の方法があるらしい。



 略奪プランダー譲渡トランスファー、そして…………改修リペア


 簡単に言い換えると、人から奪う、人に渡す、そして…………根本から消し去る、という三つの方法。



 つまりハクは、あの『ケイ』という女性に秘密シークレットスキルを略奪プランダーされたとのことだった。



 しかし、それを知りながら団長とロキさんの二人は今回の一連の出来事を予想していなかったと言う。


 それは何故か。理由は簡単である。


 秘密シークレットスキルの処理は、この世界でのハイランク職業システムエンジニア★★★★★やプログラマー★★★★★の専門領域。普通は、騎士がそれを行うことなど出来ない。


 それほどのハイランク職業を手に入れた彼らは、元々相当なエリート騎士である。よって、本来現役の騎士が持ち主から秘密シークレットスキルを奪い取るならば、彼らを高額で雇うしかないはずなのだ。


 そう、説明された。


(あ、だから団長もロキさんもこんなに動揺して────っとはならないな! 

 えっと、もう、何が何だか………)


「はあ」


 俺の口からは、緊迫したこの場の空気に似合わない、深いため息が零れ落ちていた。









        ……To be continued……

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第73話 PURPOSE⇐

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