第70話 NUMBER⇐


「そして、私はNO.4。

 ここからあなたを……連れ去りに来たの」



──ピピッ


 気づけば俺の肩に、女性の手が触れられていた。


(え──……)


「──っ!」


 突如、ビリビリッと痺れるように全身に激痛が走った。


 膝から崩れ落ちそうになり、慌てて団長に手を伸ばす。


「ハクっ!!!」


 団長も焦ったように声を上げて、咄嗟に俺に向かって手を伸ばしていた。


 しかし、指先だけが俺の服の裾を掠めて、サッと音を立てる。


 団長と重なり合う俺の視線は、時間が止まったように揺れることなく、その瞳の奥を捉えていた。


 自分が何をされたのか。これから何をされるのか。


 ……全く分からない。


 ただ、視界はどんどん陰りを増して、音も遠ざかっていくのを感じていた。


「おいっ!! ハクから離れろ!」


 団長が手持ちの斧を振りかざし、ビュッと風をぶった斬る音がする。


 しかし、


「ふふっ、大丈夫。彼はもう用無しよ。

 欲しかったものは、受け取ったわ」

「おい……まさか──」



──ドサッ


 そんな団長の声を聞き終えることなく、気づけば俺は地面に叩きつけられていた。



 ビーーーッッッ!!!


『エラーが発生しました。再起動します。

 しばらくお待ちください』


 遠のいていく意識の中、微かに耳に届いたのは警報音と機械的な声。


 ブチッ


 そして、俺の視界は、テレビゲームをコンセントごとぶち切った時の画面ように、見事なまでに一瞬にして光を失った。



 ◆



 ……真っ暗。


 しかも、それだけじゃない。


 音も全く聞こえない。


 このゲームに入ってから俺が味わったことのない、死んだのかと思わせるほどの不思議な感覚。


 なんだ……ここは……。

 

 あ、これが再起動中……なのか?


 いや、再起動って……俺は、あの女性に何をされたんだろう。


 様々な疑問が頭を過ぎるも、何一つ答えを得られない。


 自分が今、寝ているのか、起きているのかさえも分からない。


 それでも俺は、なぜか落ち着いていた。



秘密シークレットスキル……か)


 今のところ俺が知ってるのは、四人だけ。


 一人目はもちろん俺。

 NO.13:人格切替パーソナリティスイッチ

 そして二人目は、カリアス団長。

 NO.7:無限歯車アンリミテッドギア


 三人目は、くノ一の格好をした女の人。

 NO.19:渾然一体ノーサイン


 で、四人目がさっき俺に何かをした女性……なんだけど、NO.4がどんなスキルなのかはまだ分からない。



 ──というか、この裏スキルは、いったい何の為のものなんだろう。


 この騎士の世界において、この秘密シークレットスキルの存在だけが浮いてしまっている気がしてならない。


 それが何の目的も無しに偶然生まれてしまったもの、なんて事はあるのだろうか。




 そんなことをぼーっと考えながら、俺は何かを待っていた。ひたすら前を向いたまま、光が戻るのを待っていた。




 


──


 秘密シークレットスキル。


 本来、それはこのゲームの世界に存在してはならなかったものである。


 三系統に属さない特別なスキルが存在することが全ユーザーに知れ渡れば、この世の秩序を乱し、更なる争いを生む原因となりかねない。いや、最強を志す騎士達であれば、必ずや大きな争いが起きるであろう。


 つまり、どんな経緯であれ、それを付与された人間たちは、この世界ではとされる“残虐さ、暴力、不実と偽り”を手にしたことと同義なのだ。


 “世に秩序を戻すために選ばれし者こそ、騎士である”にも関わらず……。


 騎士によって世を乱し、騎士によって世を回復させる。なんという茶番か。そんなことを考えて、我々はこのゲームを作り上げたのではなかった。ただ、騎士たちがお互いの心と体を高め合い、何よりもこのゲームの世界、【the Age of Chivalry騎士道時代】を楽しんでくれればそれで良かった。それ……だけなんだ。


 なのに、突如現れたその裏スキルのせいで、私たちの世界は壊された。現に秘密を知る騎士団の上層部は、全てを集めれば何かが起きると勝手に信じ、それを奪い合っているのだから。


 どうして、ある特定の人間だけがそれを手に入れられるのか。それがこのゲームにとってどんな意味を果たすのか。……誰の手によって、それが生み出されたのか。



 そんなことはどうでもいい。



 私達はただ、このゲームに入った騎士たちが“その気高い勇気、善い振る舞い、寛大さ、そして名誉をもって、人々より愛され畏敬される存在“を志し、“愛によって博愛と秩序を世に回復させ、畏敬によって、正義と真実”を己の力で必死に取り戻そうと努力する姿が見たかっただけなんだ。


 もう二度と、が悲しい顔をせずに済むように。


 もう一度、がこのゲームを作って良かったと笑顔で言ってくれるように。


 何としてでも、私たちの夢見た世界を取り戻してやる。


 その為に私は──を捨てたんだから。



────



 気づけば、ずっと誰かの声が……


 そんな寂しい誰かの声が……


 俺の脳に、強く強く響いていたのだった。








        ……To be continued……

────────────────────


次回:第71話 REBOOT⇐

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