第55話 OVER⇐


 一向に姿を見せないルーフを、闇雲に追いかけるのはもうやめた。


──タンッ


 俺はその場で立ち止まる。


 360度見渡す限り、緑の深い沢山の高木。


 しかし、俺はきょろきょろと辺りを見渡すことはせず、どこから攻撃が襲ってくるか分からないあの家の時と同じように、そっと優しく目を閉じる。


「ふぅ」


 そのまま深く息をついた。



──まずは、状況整理から。



 山岳と平野の間に存在する小さな森。


 一面緑のその森を空から見ると、そこだけ円形に切り取られたように地面の色を覗かせる、少し開けた場所がある。


 そして、その円の真ん中に位置する、極々小さな黒い点が俺。


(相手は、俺の首さえも正確に狙える位置にいる。いくらこの騎士団二番目の撃手とはいえ、そう遠くへは行っていないはずだ)


 しかし、俺が全く動かないからなのか、相手の矢は飛んでくる気配すら見せなかった。


(……なら都合がいい)


「か」


 自分にだけ聞こえるくらいの小さな声で、あの時と同じ合言葉を唱え、あの時と同じスキルを使った。


 ……つもりだった。


 その時、目を閉じる俺の脳にさっきより鮮明に森の全体図がバーッと浮び上がる。


(えっ! なに……)


 俺が使おうとしたのは、もちろんこの間と同じ予感サインという感覚系スキルであった。それなのに、発動されたのは明らかに別のスキル。


 しかし、


「すご……」


 口から思わず言葉が零れた。


 俺の心の中では戸惑いよりも興奮が勝る。


 閉じているはずの視界に広がるその光景は、まるで自分が鳥になり、大空を自由に羽ばたきながら地上を遊覧しているような、そんな感覚に陥るものであった。


 俺の経験値がそうさせたのか、発動時の俺の思考にスキルが影響されたのか、それは全く分からない。


 ただ、今発動しているこの能力が、これまで使ってきた感覚系スキルの中で、一番優れている事はすぐに分かった。


 さっきまで黒い点でしか無かった俺は、幽体離脱でもしたかのように、明確な人の姿として俺の目にしっかりと写っている。



(あ……あそこだ)


 そしてもちろん、俺の首を狙いながら森の中を隠れ回っていた、あの撃手の位置もハッキリと


──ッ


 あまりにその場から動かない俺に遂にしびれを切らしたのか、彼は木の幹に背中をつけながら、顔と弓だけを俺の方へと向けて、思いっきり矢を放つ。


 それほど鮮明にのだ。


 その矢を俺が避けられないはずがない。


 いや、それどころか、これまでの俺の動きから、まさか自分の居場所がバレているとは思ってもいない無警戒の敵に対し、反撃する事など容易かった。


 ルーフは矢を放つとすぐに、木と木の間を素早く移動しながら次の狙撃位置へと向かっていく。


 そして、彼が次に足を止めた瞬間。


(今だっ……!)


「せつ!」(※移動系スキル発動の合言葉)


 俺はカッと目を開けて、威勢よく声を上げる。


[発動スキル︰移動系☆☆☆☆☆──射出ジェット


 次なる木に背中を預けていた彼は、その声に驚いて顔を俺の方へ向けたが、その直後慌てたように後ろを振り返る。


 どうしてここが……!?


 最後には、そんな彼の思考まで読めてしまった。


 俺はその背中に回り込み、振り返ろうとした彼の心臓を、躊躇う事なく剣先で貫く。


 抵抗する余地は微塵も与えなかった。


──ズシャッ


 声を上げる事もなく、灰色帽子のその少年は静かに地面に崩れ落ちる。


 俺は肩で息をしながら、その背中をしばらく眺めていた。


(はぁ……今回は危なかった)




 パチパチパチ


 その緊張感を無視するように、響いてきたのはナツさんの拍手。


「お見事。……やはりハクの勝利か」


 思いのほか、ナツさんはどこかつまらなそうな口調で俺にそう声をかける。


(この人はほんと一体どこから──)


「……!」


 俺はその時、ある事実に気がついた。


(あの新しいスキルが発動されていた時、ナツさんの姿はどこにも──)


 偶然なのか、俺の心を読んだのか、ナツさんはニヤリと悪戯な笑みを俺に向ける。

「……また一段と強くなったな」


 俺はその時、ナツさんのその褒め言葉に素直に喜ぶ事が出来なかった。




──ピピッ


 久々に聞いたその電子音。


『新しいスキルを取得しました』


[取得スキル:感覚系★☆☆☆☆──鳥瞰バードアイ


鳥瞰バードアイ……! 

 さっきのはこれかあ。使えるな)


──ピピッ


『ステータスⅡが変化しました』


 俺はダブルタップをしてSORDソードを開こうとする。


 ポンポンッ


(……?)


 何も反応しなかった。


「ははっ、こうやるんだ」


 目の前に立っていたナツさんの大きな手がスっと伸ばされて、俺は右手を掴まれると、そのまま自分の首筋へと誘導される。


(ああ。……そうか)


 そして、首に巻かれたチョーカー型のSORDソードに指を当てられて、そのままダブルタップするよう操られた。


 ポンポンッ


ステータスⅡ


ハク 【Lv.MAX】

 職業:騎士

 称号:見習い騎士

 階級:???

 スキル:移動系 ☆☆☆☆☆

     飛行系 ☆☆☆☆☆

     感覚系 ★☆☆☆☆



(ふっ、やっぱり地味な変化だな)


「さてと……準備はいいか、ハク。

 次の相手は──」


 口角を上げた俺とは反対に、ナツさんは険しい表情を浮かべていた。








        ……To be continued……────────────────────

次回:第56話 FLOW⇐

最終改稿日:2021/01/24

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