第56話 FLOW⇐
「さてと……準備はいいか、ハク。
次の相手は──」
ナツさんはそこで言葉を切った。
(……?)
俺はその横顔をじっと見つめる。
「……と思ったが、今日はもう時間だな」
緊張がとけたように淡く微笑み、上に向けられたナツさんの視線に促され、俺も顔を上へと向けた。
いつの間にか、夕焼け色に染まっていたランの空。
俺がそれを見上げたと同時に、
──ビーッ
何かを知らせるには控えめな電子音が、首に振動を与えながら耳に響いてきた。
「おおっ! びっくりした!」
『現在の階級が保存されました。次は、明日の朝6時以降に書き換え可能です』
突然したその音と声に、俺は身体をびくつかせる。
「ふっ、そんなに驚くことじゃないだろう。
ちゃんと団長が説明していたぞ?」
(えっ、全然聞いてなかった……)
「さてはお前……はあ、まあいいや」
ナツさんは、呆れたように深くため息をついてはいるものの、「仕方ないなあ」とでも言うような優しい表情で俺を見つめ直す。
(あれ……? ってことは、今日はもう戦えないのか!)
漸くさっきのコンピュータの説明が脳内で再生されて、俺はあからさまに肩を落とす。
──総入れ替えバトル一日目は、開始時刻が遅かったという事もあり、本当にあっという間に終わってしまった。
(なんか……物足りないなあ)
久々の人とのバトルに期待と興奮が心を渦巻いていた分、呆気なく終わりを迎えた一日目に俺はあまり満足出来なかった。
ナツさんは、小さく落ち込んでいる俺の背中をポンポン叩きながら、俺にその場から動くよう促す。
「んじゃっ、拠点に戻るぞ!」
「え、拠点にですか?」
「ん……そうだ。この一週間、毎日午後6時になったら、俺たち団員は全員拠点に戻るんだ。心身共に疲弊しながら一週間は、幹部でもさすがにもたんだろう」
(午前6時から午後6時……か。
前のタワーの時も思ったけど、このゲームってこういう所はプレイヤーに優しいな)
俺は、そんな基本的な事も知らずにこのバトルに挑んでいた。
「というか、これも団長が最初の説明で……ははっ。お前、俺がいなかったらほんとに」
そう言いながらナツさんは、未だに地面に倒れ込んだままのルーフを右肩に担ぎあげ、そのまま颯爽とこれまで来た道を遡っていく。
(やっぱこの人、なんか大人として、、、凄くかっこいいんだよな)
タッタッタッ
いつも以上に大きく感じるその背中に、俺も慌ててついていった。
──そして、
団員達がわんさかと広場に集まって、再び朝と同じように一つの正方形を成す。
「よし、集まったな! 今日のバトルでは────…………それじゃあ、今夜はゆっくり休んで明日に備えろよ。お疲れ様!」
そうして、カリアス団長の挨拶も終わり、団員達は食堂、訓練場、自室などそれぞれの行きたい方へと散らばっていく。
そして俺も、戦いの復習も兼ねて、今日の物足りなさを解消しようと、これから訓練場へと足を運ぶ予定であった。
しかし、
「ハクっ! ちょっといいか?」
いつもより落ち着きの無い様子で、勢いよく俺の名前呼んだのは、さっきまでずっと一緒にいたナツさん。
「えっと、明日以降の計画についてだがな、当初の目的から一旦ずらそうと思う。……というより、変更せざるを得なくなった」
ナツさんの真剣な色を帯びた瞳が、揺れることなく俺を捉えて、俺は思わず唾を飲む。
「え……明日、団長と戦わないんですか?」
俺のストレートな質問に、ナツさんは困ったように顔を顰めた。
「ああ、そのつもりだったんだが……」
ナツさんの視線は窓ガラスを貫いて、外に見える山岳エリアに向けられる。
しかし、それを辿っていった先は、恐らく明日も団長が立っているだろう山の頂上ではなくて、恐らく山の中腹あたり。
(……?)
「んー、これは想定外。まあ、あいつに裏をかかれるのはいつもの事なんだがな。まさか、あの二人が手を組むとは……。それに、いつもと比べて俺を邪魔してくるのが早すぎる。うーん、どうしようか」
頭をフル回転させながら独り言のように早口で語るナツさんは、俺が隣にいるのを忘れるくらい、次の相手の攻略法を考えるのに必死になっている風に見えた。
カリアス団長の元に到達するまでに、まだ難関があるのか? というか、どんな二人が手を組んだんだ……? いや、その前に、どうして明日俺達がその相手にぶつかる事になるとこの人には分かるんだ?
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
ナツさんのその不思議な言動の数々に、純粋な疑問が次から次へと湧いてきて、俺の脳も知らぬ間に限界を迎えていた。
……To be continued……
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次回:第57話 SORT OUT⇐【資料整理】
最終改稿日:2021/01/24
※次回は資料掲載となります。
よろしくお願い致します。
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