第54話 THROUGH⇐
「では、また十日後にお迎えにあがります」
──ガラッ
ロキさんはそう言って、また俺に背中を向ける。
「じゃあな、健闘を祈っている」
そして続けてナツさんも、俺にニカッと笑うとすぐにこの家から出ていってしまった。
──ピシャッ
冷たく響いたその引き戸の閉められた音が、過酷な試練の始まりを告げた。
「……!」
突然、俺の視界は真っ暗闇に包まれる。
──シュッ
と同時に音が聞こえた。
(え、なにが──)
「いっ!」
何も見えないその闇の中、音の方へ振り向いた俺の右肩に、一瞬ではあったが確かな痛みが走り抜けた。
「っ……なに……誰だ!」
咄嗟に左手で肩に触れながら、俺は久々に鋭く声を上げる。
しかし返事は全くない。それどころか、その先に人のいる気配もなければ、ほんの少しの物音さえ返っては来なかった。
(な……何だ)
広がっていったその痛みは、身体の内部にじんわりと溶け込むように消え去っていく。
すると、
──ギィン
今度は違う方向から、さっきとは違う音が耳を掠めた。
最大まで高められていた俺の警戒心が、その音に過敏に反応し、勝手に身体を操ってそれを避けようとする。
しかし、
「……ぅぐっ!」
次第に大きくなって近づいてきたその音は、身体を貫くように激痛を伴って俺の心臓を通り過ぎた。
(……)
さすがに膝を落としかける。
──ビッ
しかし、また別の音が鳴った。
(……)
俺は頭が回らなかった。
このゲームに入ってから何度も経験のあるその刺すような痛みは、その時初めて俺に恐怖を与える。
それまで俺は騎士として、決して死ぬわけではないその痛みを、怖がる事など無かったし、むしろあってはならないと思っていた。
しかし、今、俺の胸には騎士として恥ずべく感情ばかりがザワザワと騒ぎ立てている。
あと何回これが続くんだ?
もう……頼む。やめてくれ。
いやだ、せめて心臓だけは──
「……うっ!!」
何も見えないその暗闇に、俺のうめき声だけが寂しくあがった。
どこから来るか分からない。何が起こっているのかも分からない。ただ、庇った手をも貫いて再び胸に襲いかかったその痛みに、俺はすっかり怯え切ってしまった。
(……)
「どうすれば」、その言葉さえ浮かんではこなかった。困難に立ち向かうのをやめ、恐怖に支配された俺の心。
しかし、
そんな状況でも、俺の身体だけは騎士である事をやめようとはしなかった。
──シュッ……ギィン!
俺の右手は知らぬ間に、腰の剣を抜いていた。そして、弱々しく、だが強く震える両手で体の前に剣を構える。
次に俺へと襲いかかるその音を鋭い金属音で遮って、その何かを叩き落とした。
それは正直まぐれであった。
それでも、音と痛みに怯えきっていた俺には、微かな希望の光をもって自身の心を落ち着かせる重要な契機であったのだ。
(予めそこから来ると分かっていれば──)
……予め?
「あ、感覚系スキル」
俺はやっとそれに辿り着いた。
これまで、あまり優先的に使う事の無かったその系統のスキル。
「か」
久々にその合言葉を口にした。
[発動スキル:感覚系☆☆☆☆☆──
そして、暗闇に居るにも関わらず俺はその場で目を瞑り、今の俺が持つ最高の感覚系スキルを発動させた。
(──!)
闇の中、遠くで放たれた白い光のような物が鋭く俺に向かって飛んでくるのが分かった。もちろん俺は、自分の身体をその軌道から素早く逸らす。
──ギィン
音は後から響いてきた。
──グサッ
そして俺に向かって放たれたその白い光は、後ろの壁にぶつかって飛び散るように暗闇に消えていった。
(ああ、何かにぶつかると消えるんだ。
ここは……家の至る所に俺を襲う武器の仕込まれた、からくり屋敷みたいなものか?)
自分の置かれた状況を漸く理解し始める。
俺の心はいつも通りの冷静さと落ち着きを取り戻し、それに立ち向かう覚悟も既に出来上がっていた。
──
その後、俺は自身の持つ最大の体術と最高の感覚系スキルを使いこなし、その家に飛び交う全ての武器を、もう二度と喰らうことは無かった。
だから俺はその日、ここに来る前よりは確かに成長したのだろう。
──しかし、これは俺がこの家に来てからまだたった一日目の話。
────────▷▶▷▶────────
そして今、姿の見えない撃手に対し、
(ああ。……見えた)
俺は勝利を確信していた。
……To be continued……
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次回:第55話 OVER⇐
最終改稿日:2021/01/24
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