第53話 BREAK⇐
(このままじゃ……まずいな)
──ッ……──ザッ
音の鳴る方へ飛んでいっては、向かってくる矢を避けて停止。また音が鳴り別の方へ飛んでいっては、その矢を避けて停止。
エリア間にある小さなその森の中で、俺はひたすらそれを繰り返していた。
そして、
「……!」
何回かに一度、ピリッと襲ってくる痛み。
俺が彼の矢を避けきれなくなってきている明らかな証拠である。
(くっ……せめて居場所を正確に突き止めることさえ出来れば────ん? あっ!)
俺は、普通なら誰もが思いつくだろう、今の状況にピッタリの打開策にそれまで気がついていなかった。
(ああ、そうか。こういう時に使えばいいんだ。あの時、あれほど鍛えたんだし……)
俺は、この対戦の勝利への一筋の光をやっと見出せた気がした。
────────◀︎◁◀◁────────
それは、この階級総入れ替えバトルが始まった本日より十日ほど前の事。
俺はロキさんとナツさんに連れられて、自分と関わりの深い、とある街に来ていた。
◇ワビサビ◇
そこはこのゲームの中でも有名な街の一つであり、俺の三番目の拠点として登録されている街でもある。
そして何よりも特徴的なのは、名前から十分想像出来るように古き良き日本をモチーフとしている、「和」を忠実に再現したその風情ある街並みであった。
(うん……何度来てもここは良いなあ)
道を歩く人々の現代的な、あるいは西洋風な、その衣服との差異が、立ち並ぶ家屋の奥ゆかしさを一段と引き立てている。
俺はそれを横目に通り過ぎた後、とある家の前にたどり着いた。
(おお……!)
その光景に俺は目を見開く。
それはまるで、学生時代に修学旅行で訪れた事のある京都のお寺のような静けさを伴った、品のある庭園と壮麗な家屋。
以前ここに滞在していた時、こんな家は建っていなかった。
(多分誰かの拠点、だよな。にしても……)
姿勢を正し、その敷地全体を見渡す。
それがゲームの中に再現された虚像である事を自身に言い聞かせようとすればするほど、俺はその家屋の放つ圧倒的な雰囲気に思わず呑まれそうになっていく。
決して慣れ親しんだ場所ではない。
だが、その光景はどこか懐かしかった。
「ハク……いきますよ」
(……)
ロキさんはもう何度も訪れているからなのか、この光景を前にしても何も感じるものなど無いかのように、ずんずんとその庭園の中へと進んでいってしまう。
俺は、ロキさんの細身で綺麗なその背中がその時は異様に冷たいものに感じて、しばらくその場で立ち尽くしていた。
「ははっ。俺には分かるよ」
ナツさんが俺に微笑んだ。
(……俺には……分かる?)
かけられた言葉に首を傾げる。
「そりゃあ、日本人にしか分からないものもあるだろう。特に、趣深い……この感覚は」
(ああ……そうか。ロキさんは現実世界では日本の方じゃないもんなあ……そかそか)
このゲームの高度なシステムのお陰で言葉を共有出来ているだけで、実際は別言語を話している、別文化で育った人。
俺は急にロキさんを遠くに感じ、またこのゲームの凄さを実感した。
「ふっ……ロキが早くしろって顔してるぞ」
ナツさんが吹き出すように笑って、ロキさんの方へ歩いていく。
そして俺も、慌ててそれを追いかけた。
「どうぞ」
──ガラッ……ギィ
ロキさんに促されて様子を伺いながらその家屋の中へ入ると、敷きつめられた畳を軋ませ、俺はさらに奥へと案内された。
──カタッ
そして、その奥の部屋にある、少々日本っぽさを失った立派な座椅子に腰を下ろしたロキさんは、淡々と俺に説明を始める──……
「えっ! それだけですか?」
その時、ロキさんにどんな試練を与えられても乗り越える覚悟を決めていた俺は、その説明に正直ガッカリしていた。
── 十日間この家で暮らせ。
俺に課されたのはたったそれだけ。
(いや、もっと厳しく訓練を──)
俺は正直舐めていた。
だから、無駄なことをやらされるような気がして、そんなロキさんを疑っていたのだ。
しかし、
「ハク、覚悟しておけよ。これはお前には相当厳しいぞ。だが、ここで10日以上逃げ出す事なく暮らす事が出来たら……お前は今よりも確実に上に行ける」
ナツさんの落ち着きのあるその言葉に、いとも簡単に俺の気持ちは乗せられる。
(確実に、今よりも上に……!)
「はい! 頑張ります」
もう、勢いに任せて返事をしていた。
そして、その家の本当の怖さは、二人が居なくなってすぐに分かった。
……To be continued……
────────────────────
次回:第54話 THROUGH⇐
最終改稿日:2021/01/24
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