第50話 BROTHER⇐



──ガサッ、ガサガサッ



 俺が少し体勢を変える。


 すると、その揺れに伴って枝の先につけられていた沢山の葉が、草の生い茂った地面へと音を立てて舞い落ちる。



「いやあ、ほんと、ジークがナツさんの弟だったとは……驚きましたよ」


「ははっ、まあそうだろうな。俺達も敢えてそんな事説明していないし、髪色が全然違うせいもあってか、恐らく兄弟だと気づいていない団員の方が多いと思うぞ」


 ナツさんはいつも通りの落ち着いた声色で、俺に笑いかけながら説明してくれた。


(あの時の空気は……俺の勘違いかな?)


 先程、場の空気がほんの少しだけ乱れたような気がしていたが、なんてことない風にそう話すナツさんの様子を見て、俺は安心して言葉を続ける。


「やはり、さっき俺の足元に飛んできたあの矢は、ジークからの宣戦布告でしょうか?」


 それは普通なら、明らかな敵意が込められたものに違いない。


 しかし、俺の頭の中では、SORDソードのモード切り替え方法をいち早く教えてくれた後、御礼を言っただけなのに耳まで真っ赤に染められた優しいあの横顔が、その陰湿な行動と全く結びつかなかった。


 難しそうに考え込むナツさんの横顔を、俺は次の言葉を促すようにじっと見つめる。


「いや、あれは恐らく──……ん、まあ、とりあえずジークでは無いかな」


 ナツさんは頭に浮かんだ人物の名前を口から出る直前で止めるように一瞬固まって、それだけを俺に伝えた。


「え、ジークでないならいったい──」


 反射的にそう返した俺の言葉に、ナツさんはさらに困ったように顔を歪めて、ゆっくりと言葉を紡いでいった。


「んー、仕方ない。そいつは、俺がこれまで出会ってきた騎士の中でロキの次に敵に回したくない奴……とだけ教えておこうか」


(軍師のナツさんにも……そんな相手が)


 それ以上は訊かせないナツさんの無言のオーラに負けて、俺はそっと口を閉ざす。 


「何より……あんな遠くにある山岳エリアの斜面から平野エリアの、しかもお前の足元にドンピシャで宣戦布告をするなんて芸当を、今のジークは持ち合わせていないからな」



 その芸当をやってのける人が頭にチラついているのだろう、ナツさんは深く息をつく。



「はあ、厄介なやつに目をつけられたな」



──パァンッ


 そして、どんよりとしたその中の空気を一変させるように、ナツさんは手を叩く。


「うん……今は、そんな事はどうでもいい。

 ハク、作戦会議に移るぞ!」


(ああ、そうだった)


 俺は言われた通りに気持ちを切り替え、座ったままスっと姿勢を正す。


──ギィ……ガサッ


(いや、うーん……ははっ、やはり可笑しい。

 何で俺は今、こんな所にいるんだろう)


 重心をずらす度に、そのの中にいちいち響き渡る木の軋む音。


 部屋?

 

 ──今俺がいるのは、大人ふたりがしゃがみながら入ってギリギリ会話ができるサイズの小さめの部屋……いや、基地?


 そこはナツさん曰く、だいぶ前にロキさんと建てたという、作戦会議用の秘密基地であるらしい。


(ふふっ。いい歳して、秘密基地とは……

 ナツさんはもちろん、それに乗っかるロキさんも、案外可愛らしい部分があるんだな)


 俺はうっすらと口元に微笑を浮かべる。


 そして、その基地の窓らしき木と木の隙間から外を覗き込むと、このすぐ近くに、山岳エリア(ラギド山)があるのが分かった。


(何もこんなエリアの境目にある、こんな高い所で作戦会議をしなくても──……)


 そう、つまり、平野エリアと山岳エリアのちょうど境目に位置する小さめの森で、一番大きな木の上に作られた秘密基地の中。


 俺たちの今いる場所はそこであった。



「さあ、始めるぞ。まずは──……」



 ナツさんがわざわざ俺をこの基地に連れてきた理由。


 ……そんなものは無いのである。


 ただ、俺との作戦会議を始めようと、自身のSORDソードをじっと眺めているナツさんの優しいその笑顔が、地面に足を着けている時よりも、遥かに楽しそうに口角を上げている事だけは確かであった。


(まるで……少年みたいに)


「……」

「ハク、なんだ。そんなに見つめて──」


 俺がじっと顔を見つめていたのが嫌だったのか、向かいに座るナツさんがキッと俺を睨みつける。



(ああ……言われてみれば確かに似てるな)



 そう言って俺に視線を返すナツさんのその頬は、ほんの少しだが赤く染められていた。








        ……To be continued……

────────────────────


次回:第51話 RESPECT⇐

最終改稿日:2021/01/24

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る