第47話 ENJOY⇐


 DAYBREAK夜明け 階級総入れ替えバトルの開催期間中。


 俺達のバトル会場となるランというこの街は、山岳エリア、河川敷エリア、平野エリアと呼ばれる三つのエリアに分けられる。



 そして、新兵の階級が記録されたチョーカー型SORDソードを首に纏い、本拠地の広場から街に出た俺は、このバトルのスタート地点として自分が一番適切だと思うエリアへと足早に歩を進めていた。



 この三つのエリアの中で、団員達が最も集中するのは確実に山岳エリアらしい。


 元々人が隠れるのに適した、ゴツゴツとした沢山の大きな岩で構成されたエリア(≒ラギド山)である為、上の階級の騎士ほどここに身を潜めて身を守る可能性が高い。


 そして、次に人気が高そうなのは恐らく河川敷エリア。


 そこは、下流になるにつれて徐々に緑が増えていき、隠れやすくかつ罠なども仕掛けやすい攻守のバランスがとれたエリア。その為、中流階級の騎士達やその首を初めから狙いに行く好戦的な新兵達は、基本的にここからスタートする事を選ぶと思われる。



 しかし、俺が始点として選んだのはそのどちらのエリアでもなかった。



「この辺かな?」


 俺の足元には背の低い草が生い茂り、視界を遮るものは何も無い。


 そう、そこは平野エリアであった。


 ランの中心部に位置するこのエリアは、基本的に身を隠す所が無い為、他の騎士にすぐに居場所がバレてしまうのが大きな難点。


 しかしそれは裏を返せば、敵の位置も分かりやすい為、騎士達はたいてい一体一の真っ向勝負で勝敗を決する事になる。



 この街にはその他にも住宅や店が立ち並ぶ場所など色々あるが、そこは騎士以外のユーザーが普通に暮らしているため、このバトルでは立ち入り禁止と定められている。



 俺は昨夜しっかりと考えた。


 山岳のどこかに隠れているであろう上級騎士を感覚系スキルで見つけ出し、後ろから奇襲をかけるとか、河川敷に並ぶ木々に身を隠しながら罠を仕掛けて相手を陥れるとか、また、奇襲をかけてきた相手をカウンター一撃で仕留めるとか、色々策は出ていたのだ。



 しかし、やはり俺が辿り着いたのは、


 正々堂々一騎打ち。


 今の俺にはそれしか選択肢が無かった。


 これは己の力を絶対的に信じる俺の悪い癖が出たわけではない。むしろ、俺は小賢しい技を使って勝てるほどの実力と経験をまだ得ていない、という己の非力さを知った上での俺の最高の選択であった。


 平野エリアであれば、器用に感覚系スキルを使いこなす必要も無い。


 俺が今、この実践で試してみたいのは、あのタワーの【2F】で学んだ俺の成長への第一関門、移動系スキルと体術の掛け合わせ。



 俺は周りを警戒しながら、首元のSORDソードに手をかけて、それを軽くぎゅっと握る。


(まあ、やれるだけやってみようか。

 俺は新兵だ。……失うものは何も無い)




──サッ


 突然耳を掠めたのは、草が何かと擦れたような微かな音。


 俺はそれを聞き逃さなかった。


 バッと振り返り、その音の出処を見る。


「おっ! お前もここから始めるのか?」


 バトル直前にも関わらず、ピリピリとしたこの雰囲気に呑まれる事のない落ち着いた声。


「あ……」


(────なんだ、ナツさんか)


 本当に理由は分からないが、俺はその聞こえてきた音をさっき出会ったばかりのジークのものだと思っていた。


 予想外の人物の登場に、俺は思わず拍子抜けして、ボーっとナツさんの顔を見つめる。



「……いい所を選んだな。ここは真っ向勝負主体だから、相手より力が不足している普通の新兵には厳しいが、お前のような奴にはうってつけだと俺も思うよ」


 ナツさんはまるで他人事のように無防備に微笑んでそのまま話を進めていく。



 この瞬間に対戦開始の合図が鳴れば、隣にいる俺が一瞬でナツさんの首を剣で貫こうとするかもしれないのに────



 剣の握りを右手でぎゅっと掴んだ。


──


「……!」


 手元に感じた鋭い視線。

 それは殺気に限りなく近いもの。


 そして、その視線の犯人である俺の隣のナツは冷ややかに言い放つ。


「ハク。俺はまだ、やめときな」


 全てを見透かしたような、突然の低い声に俺は怯んだ。……その言葉に逆らう気にはならなかった。


──カチャッ


 剣の握りに置いていた指の力が、自然と緩められて剣が小さく音を立てる。


「ははっ、そう警戒ばかりしているといつか疲れちゃうぞ。肩の力を抜いていけよ!

 せっかくの半年に一回しかない騎士団の一大イベントだ。もっと楽しんでこうぜ」


 ナツさんらしい優しく明るい助言。


 それだけで終わっていれば、俺もこの人をさらに尊敬するだけの事であった。


 しかし彼はその最後に、常人ならこの階級総入れ替えバトルにおいて考えないであろう提案を俺に持ちかけてきた。



「なあ、ハク。──────────?」


 その提案に、俺は再度言葉を失った。








        ……To be continued……

────────────────────


次回:第48話 SHARE⇐

最終改稿日:2021/01/24

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