第44話 TRY⇐


 俺は騎士に向いていない──。


 Sクラス騎士団副団長の口から発せられたその言葉は、俺の心を突き刺して傷を作るのには十分過ぎるほど、鋭利なものに思われた。



「おい、ロキ。 他にもっと言い方が──」


 ナツさんがその先を止めようと口を挟むが、ロキさんは俺の瞳から一切視線を逸らす事なく、そのまま言葉を続けようと再び口を開きかける。



「──俺は、誰よりも強くなりたいんです」


 しかし、それより先に口を開いたのは俺の方であった。無意識に漏れ出たその声に俺は自分でも驚いて、咄嗟に右手の甲を口元に当てる。


 そしてそれは恐らく、俺がこれまで被ってきた好青年という仮面にヒビが入れられた瞬間でもあった。



「……強く、ですか?」

「あ、いえっ! ──何でもありません」


 俺はハッと我に返り、仮面に入ったヒビを必死に繋ぎ合わせる。


 しかし、黒スーツを纏った目の前の策士が、そんな俺の仮面を剥がす絶好のチャンスを逃してくれる筈がなかった。


「……ハクの思う強さとは戦闘能力の事なのかもしれませんが、戦闘能力の高さと戦いでの強さは必ずしも比例しないと私は思っています。もうそうであるならば、SSSの戦闘能力を持つ貴方が私やナツに負ける筈がありません」


 ロキさんの言葉の意味は、俺がよく分かっている事。


「……俺もそう思います。だから俺は昔から、どれほど努力を積み上げても、大事な戦いには勝てないのだと」


 そして、俺はもう、偽りの仮面を被り直す事を諦めた。


「秘密スキルが無ければ何も出来ないような新兵を、入団させて後悔はありませんか?」


 恐る恐る尋ねながらロキさんの顔に視線を遣って、その答えを促す。


「まあ……期待を裏切られはしましたね」


 少しの罪悪感を覚える俺に再度、ロキさんの冷たい視線が向けられた。


「ロキ」


 ナツさんは「もうやめておけ」と言わんばかりに、そっと俺を庇うように手を伸ばす。


 ロキさんの言葉に一瞬間が空いて、二人の視線が重なったのが分かった。



 しかし、


「私はまさか、ハクが【80F】まで登りつめるなんて、全く予想も期待もしてはいませんでしたので」


(え──?)


「……貴方が最後の課題まで辿り着いた時、カリアス団長に顔を向けられる始末でしたよ」


 俺に落とされたロキさんの言葉は、意外にも自身に対する嘲笑と俺に対する賞賛の含まれた柔らかいものであった。


 久しぶりに浮かべられたその微笑。



「あれ、【80F】?」


 呆然とする俺の代わりに、ナツさんがそう尋ねた。


「ん? あ……ええ。ハクの受けた訓練は【1F】から全て、佐官クラス(※)が受けるものにすり替えられていたんですよ。

 ……カリアス団長直々のご命令でね」


(えっ!)


※〈DAYBREAK夜明け〉の訓練表

✱は【〜50F】。+数字(階数)

元帥 ←(✱+50)

大将──中将──少将 ←将官(✱+40)

大佐──中佐──少佐 ←佐官(✱+30)

大尉──中尉──少尉 ←尉官(✱+20)

曹長──軍曹──伍長──兵長 ←(✱+10)

上等兵──一等兵──二等兵──〘新兵〙(✱)



 ロキの説明はすなわち、ハクの受けさせられたその訓練が実際は【51F】から【80F】のものであったという事。


 それは本来、当然新兵クラスが手を出していいレベルのものではなく、佐官クラスの騎士達が自身の戦闘能力向上の為に用いるくらいの課題である。


 特に【80F】は、最強の騎士団と謳われ続けるGoddesses女神達のNPCと騎士団戦を行うという、現在の管理職しか未だ突破出来ていない特殊な上級訓練であった。


 したがって、入団からまだたったの一週間しか経っていない無知な新兵が、秘密シークレットスキルを使わずにそこまで登ってみせたというだけで、十分カリアスとロキの期待に応え、いや、期待を上回る戦闘能力を示したに違いなかった。



「それでも俺は──」

「誰よりも強くなりたい、でしょう?」

「……はい」


 俺を見つめるのは穏やかな優しい目。


「最初の訓練で躓きかけた時、闘争心を剥き出しにして弓を引いていたあの姿は、私の尊敬する騎士、にそっくりでしたよ。……ですので、見込みは十分です」


 また、ロキさんのその微笑に捕まった。




「私が貴方を強くして差し上げますよ。

 ……少なくとも、このゲームの中では誰にも負けないほどの騎士に、ね」








        ……To be continued…────────────────────


次回:第45話 AGAIN⇐

最終改稿日:2021/01/24

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