第39話 BACK⇐

※ロキ視点。


「……」


 人々の活気溢れる笑い声に包まれた真っ白な商店街。


 自分達の拠点へと長く続いている真っ白な一本道。


 黒スーツを纏った自分の肩に落ちると同時に消えてしまう、小さく真っ白な花。



ここカイエンに来たのは、二ヶ月ぶりですね」


 ロキは前を歩く団長の背中に、そう話しかける。


「ははっ、もうそんなに経つか?」

「ええ、そのくらいですよ」



 靴の裏が地面の雪をサクサクと踏み潰していく、どこか耳障りの良い音。私はそれを楽しみながら、ハクのいる自分達の拠点へと歩を進めていく。


──ザッ


 突然、これまでよりも強く雪を踏み潰す音が耳に飛び込んで、私ははっと視線を前へ移した。


「……」


 団長が立ち止まっている。


 そこは、ガラス張りの塔グレーズドタワーの入口。──まであと数メートルという中途半端な地点。


「……」


 靴音以降何も音を発すること無く、ただその場に立ち尽くす我が騎士団長、カリアス。


「団長、どうかしましたか?」


 私は大きく一歩前に出て団長の隣に並んでみせると、思いきってそう質問する。


 少しだけ間が空いた後、何時になく真剣な表情を浮かべた団長が徐ろに口を開いた。


「……気づかないか? ロキ」


 団長はそう言いながら再び歩き出すが、自分達のタワーに近づけば近づくほどその横顔はさらに険しいものへと変わっていった。


 そして、入口へ辿り着くと、目を開けてはいられないほどの眩しい反射を繰り返すタワーの上階のガラスに向かって、それを跳ね返すかのように団長は鋭い眼光を飛ばす。


「……!」


 突如、背中にゾクっと何かが走っていくのを感じて、私は思わず後ろを振り返る。しかし、そこには誰もいなかった。


 それは、漠然と感じた恐怖。それと、はっきりと感じた誰かの殺気。



「はは……俺達は今から、あの中に入らなきゃならんのか」


 タワーを見上げる団長の口から零れ落ちた乾いた笑いとその一言。


 それは私に、タワーの上階でいったい何が起こっているのかを伝えるには十分だった。


  ◆


──タッタッタッ


 事の大きさを把握したロキ達は、下の透けている幅の狭い階段を慌てて駆け上がり2階に辿り着くと、そこからは普通のエレベーターを使って30階まで一気に昇っていく。


──


 開かれたエレベーターの扉の真正面に見えるのは、新兵達が毎月悩まされているあの重厚な扉。


 その前に立った瞬間、全身をさっき感じた以上の凄まじい寒気が襲い、私は図らずも身体を強ばらせる。


「やはり……秘密シークレットスキルですか?」

「……ああ。絶対そうだ」


 その扉から漏れ聞こえる戦闘の激しい金属音と共に、目にしていないのにひしひしと漏れ伝わってくる彼のおぞましい程の殺気が、自分の身体をさらなる緊張へと誘っていた。



『他の団員が戦闘中です。中へ入るには、幹部専用のパスワードと特定スキルの発動が必要となります』


──


『認証しました。扉を開きます』


──ピピッ……ビー


 扉と共にひらけた視界。


 そこへ真っ先に飛び込んできたのは、獣のように理性を失い、もう立てない敵(NPC)に向かって何度も何度も剣を突き刺しているの姿であった。


「これは……」


 その部屋に繰り広げられていたのは、もはやゲームの中の戦闘という言葉で済まされるようなものではない。


 それは、現実世界の大量殺人のように残酷かつ狂気じみた物として、久々にロキを震えさせた光景であった。



「……」


 理性をなくしているように見えたは扉の音に驚いたのか、バッと私たちの方を振り返ってじっとこちらを見つめている。


 私もそれに負けじと微笑を口に浮かべて、彼を見つめ返していた。


 しかし、その時のの瞳は殺気に満ち溢れているどころか、何かに怯えきった幼い少年のように激しく揺れていて、こちらへ懸命に何かを訴えかけていた。



「ハク────そこまでタイムアップだ」


 場の空気を一変させる団長の落ち着いた一声。


──カランッ


 彼の右手から滑り落ちた剣が地面を打つ。


「……ハクっ!」


 グラッと大きく崩れていく目の前の青年。


 その姿を目にし、私は思わず声を上げる。



──ドサッ


 そして、慌てて駆け寄った私の腕の中には、何かに苦しめられているようにぎゅっと目を強く瞑り、冷や汗を垂らすハクの姿があった。

 


 

 




        ……to be continued……

────────────────────


次回:第40話 PAST⇐

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