第38話 GIVE UP⇐
──それは、俺が敵に一斉攻撃を喰らってから僅か数秒の間。
「……ぐあっ!」
神経ごと切り裂いてしまうような鋭い痛みが、留まることなく全身を疾走していく。
もちろんそれは、現実世界なら死に相当するほどのダメージであり、常人ならその瞬間に騎士の道を諦めるほどの絶望的な激痛である。
しかし、敵に背を向けて冷たい床に這いつくばってはいても、どこからともなく湧いてくる勝利に対する俺の執念が、勝手に体を突き動かす。
かろうじて肘から下の部分だけ動かす事の出来る自分の右手にぐっと力を込め、ひれ伏す俺を見下ろしているその女性の足めがけてスっと剣を差し向けた。
(せめて……小さな傷だけでも)
自身の回復能力が、更なるダメージに追いつかず、俺の視界はゆっくり、だが確実に暗さを増していった。
その重い瞼を必死にこじ開けて、俺は前に立つ女性の足先をぼんやりととらえる。
あまり力の入らない右手で必死に掴んだ剣の握りを、そのまま女性の足首に突き刺すように前に出そうとした……その時だった。
「……!」
俺を怯ませたのは、床に反射して目に差し込んできた一筋の白い光。
それはもちろん、希望の光と呼ばれる類のものでは無い。いや、むしろ、今の俺にとっては絶望の光とすら呼べるものであった。
起き上がる事のない俺の背中に垂直に向けられた銀灰色の剣先。
俺の上半身に覆い被さるように落とされたその女性の黒い影。
そして、その女性の剣を握る両手に込められた見事なまでの覇気と異様なまでの殺気。
その全てが、自分がこれからどんな目に遭い、どれほどの痛みと恐怖を味わう事になるのか、それを物語っていた。
俺に差し向けられた剣の放つその光が、一度視界から外れる。
そんな光を失った床を目にした俺は、自分の剣を握った右手を再度動かすことなく、その銀灰色の剣先に背中を貫かれる覚悟を決めて、そっと瞼を下ろした。
しかし、
──ギィン
俺の耳を劈くように響いてきたのは、剣先と背中が触れる柔らかくも生々しいあの不快音ではなく、金属と金属の触れ合った甲高い音。
──ギィン……ギィン……
それは一度ではなく、何度も何度も繰り返し俺の耳に届いていた。
そして、その金属音の稼いだ数秒間のお陰なのだろう。俺は激痛に
俺は素早く身体を起こし、逃げるように敵の隊長から少し離れて戦況を確認する。
しかし
〔……え〕
──グサッ
俺がそう声を上げた時には既に、銀灰色の長い剣が黒く細いチョーカーの巻かれた色白の首筋を完璧に貫いていた。
斜め上に向かって突き出された女性の剣に首筋を貫かれ、仰け反るように体を浮かせていたのは俺の部隊の最前線にいた人物。
──ストンッ
〔……あ〕
今までも戦闘中に何度も目にしている筈のその光景が、この時俺に与えた衝撃は相当なものだった。
俺には味方という概念がよく分からない。
だが、勝利に対する執念に囚われすぎている俺であっても、自分を庇い、自分の代わりに激痛を負わされるその人物を目の前にして、その人を赤の他人であると言い切ることは到底出来なかった。
(……味方?)
周りにいるのは全てのNPCに過ぎない。
だから、あと少しで俺達の負けが決まる程の致命的なダメージを負っているグレイ隊長本人が、本当にそれ程の痛みを感じているわけではないのだ。
先程の俺を庇うような行動も全て、事前にプログラムされていた行動である。
(……なのに、どうして)
しかしそれでも、この時の俺の胸には、全身を痛みが疾走していったあの時よりも鋭く、そして、銀灰色の剣先が俺の心臓に突き刺さったあの時よりも強い痛みが、確かに走っていた。
〔……痛い〕
それは、俺がこのゲームに入ってから戦闘中に一度も口にした事の無かった言葉。
……──というよりもむしろ、口に出してはいけなかった言葉。
なぜなら、感情が昂っている戦闘中にそんな言葉を口にすれば、弱い自分を嫌うあいつが俺の中で勝手に目を覚まし、暴れ出してしまう事を俺は知っていたから。
それは、幹部の命令が下されるまで禁じられていたはずのものだった。
しかし、味方というものの重さを体感したばかりで動揺しきっている今の俺には、そのスイッチが切り替わるのを止めるほどの心の余裕はなかった。
[発動スキル:
……To be continued……
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次回:第39話 BACK⇐
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