第37話 SHADE⇐


 味方に頼る事なく、一人で敵陣の中央へと突っ込んでいく勇敢な騎士。


 勇敢? ……──いや、愚かな騎士。


 

〔隊列を乱すな〕


 味方の姿すら視界に入っていない今の彼に、気迫の足りないグレイ隊長(NPC)のそんな命令が届くはずはなかった。



 彼は、スキルで頭の先が天井に触れそうなほど高く飛び上がり、最前線を置き去りにするほど素早く敵陣の中を走り抜ける。


 そして、対戦開始の合図から10秒も経たないうちに敵軍の長の元へと辿り着いた。


──


〔……え〕


 だが、数十の武器を掻い潜って辿り着いた先にいた、大規模な軍隊のド真ん中に堂々と佇むその人物に驚いたのは、俺の方。


 目の前のNPCが、実在する人物を模倣したものなのか、もしそうであるならばいったい誰を模倣したものなのか、それは俺には全く分からない。


 ただ、そこで俺が目にしたのは、現実世界でもそうは見ることのできない透き通った桜色の髪を揺らす、艶やかな麗人であった。


 大規模なその部隊の両翼を操る部隊長。その響きとはかけ離れた華奢な印象のその女性を前にして、俺は驚きに一瞬動きを止める。



 黄金色に縁どられた白い布に身を隠し、淀みのない澄んだ瞳で俺を見据えながら、剣の先を向けるその姿は、まるで俺にこの先の運命を言い渡すのように美しかった。



 そして彼女は、その容姿からは想像もつかないほど冷酷な笑みを口元に浮かべて、俺の首筋目掛けて思いっきり剣を振りかざす。


 俺はその時、何か強力な魔法にかけられてしまったかのように身体が固まって、自分の力では全く動かせなかった。



──



 次の瞬間、気付かぬうちに俺に向かって放たれていた無数の矢と、彼女の握る銀灰色の剣先が俺の身体を貫通する。


 俺は、自分の身体から血飛沫が上がったと錯覚するほどの鋭い衝撃を味わって、見るも無惨に硬い床へと膝から崩れ落ちていった。



────……プツッ


 モニターの画面が真っ暗になる。


「もう終わりに致しましょう。

 これ以上続ける必要はありませんよ」

「……いや、しかし」

「カリアス団長」


 珍しく団長の名前まで口にしたロキ。


 そして、秘密スキルを取得するほどの相当な実力を持つ筈のハクに過剰な期待を抱いていたカリアスは、そのロキの温度を持たない声を耳にして漸く我に返った。


「少し……早かったか」

「ええ。というより、彼は恐らく団体戦というものを経験した事が無いのでしょう」


 ロキの声色はいつの間にか、再びいつも通りの温度を帯びている。


「ああ、確かにこの間の練習試合の時も、レンヤと二人でしっかりと連携がとれていたようには見えなかったな」

「まあ、それでも……相手の情報も確認せず、敵陣のど真ん中に飛び込むとは無鉄砲にも程がありますがね」


 画面が消されていっそう薄暗くなったそのモニタールームで、二人の影はハクの戦いの事だけを淡々と語り合っていく。


「団長……タワーに向かいましょう」

「ああ。このまま続けるのは危険だな。

 あいつの性格的に多分、立ち上がれなくなるまでに向かっていくだろうよ」


 二人は何となく、お互いの考えている内容が一致している事を感じて、視線を重ね合わせる。




「ええ。今自分が一人で倒そうとしているその女性が、誰であるかも知らないで。

 ……ですよね?」



 そのハクと対峙するNPCが容姿、能力共にコピーしている女の名は、『アルテミス』。


 彼女は、このゲームが始まって以来ずっと最強の騎士団と謳われるGoddesses女神達、そこの騎士団長であった。


 つまり、現在このゲームに入った人間の中で、事実上NO.1のプレイヤー。



「ああ。そうだな」


 同時に大きく頷いたカリアスとロキ。


 そうして二人は、ハクの訓練の様子を見守っていた本拠地(ラン)のモニタールームから、カイエンの中央に聳え立つそのガラス張りのタワーへと、ハクを迎えに行くことにした。








        ……To be continued……

────────────────────


次回:第38話 GIVE UP⇐

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