第33話 HARD⇐


「……ん」


 何のきっかけもなく突然目が覚めた。


「いてっ、──?」


 いつもより遥かに硬い寝床。


(ああ……そうだ。

 昨日この部屋に泊まったんだっけ)


 白くぼやけていた視界が次第に開けてきて、天井にぶら下げられている複数の格闘技用キックミットがくっきりと見えるようになる。


 ポンポンッ


「……え、まだ4時じゃないか。

 全然眠れなかった。

 んー、でもまあ、再開……するか?」


 俺は、寝返りを打ちながら床に手を着いてゆっくりと立ち上がると、黒のマントを羽織り直して、早速この部屋の課題が記された銀色の掲示板へと足を運んだ。


---------------------------------------------------------------

【10F】

天井に吊るされている20個のキックミットを一度も着地せずに蹴りでとらえろ。

---------------------------------------------------------------


(おっ! 今回は装備なしか!

 正真正銘、体術の訓練。それで、使うスキルはどう考えても飛行系だろうなあ)


 考えながら、天井を見上げる。


 立ち上がった事で少しだけ近づいたように感じるその20個のキックミット(※)は、よく見ると全て縦一列に等間隔できっちり吊るし並べられていた。


※格闘技全般で用いられる、蹴りの衝撃を吸収する為の直方体のミット。



 このタワーの訓練にもだいぶ慣れてきていた俺は、まずはいつも通り課題攻略の方法を一からイメージしてみる。



(うーん、一度も地面に足をつけないとなると、本当は空中歩行エアウォークを使用するのが理想的だろうが、俺のスキルの星数ではそれを使う事は出来ないし……)


✱参考✱

[飛行系★★★──空中歩行エアウォーク](※第17話)



(俺が使用できるスキルの星数は☆×5まで。

 その中にずっと飛び続けていられ──いや、そうじゃないか! 地面に足が着かなければいいだけなんだ。それなら────)


「げつ」

[発動スキル:☆☆☆☆☆──弾機スプリング


──ビョーン、ビョーン、ビョーン……


 スキルを発動した俺は、飛び上がっては着地して飛び上がっては着地する、というはたから見たら奇妙に思われる動きを何度も繰り返す。


 それは、スキル発動によりバネを足に纏ったゆえの奇行。つまり、自分が使えるスキルの中で、この課題をクリアするのに俺が最善だと考えたスキルがこれだった。


 地面に足をつけなければいいのだから、周りの壁を蹴る分には全く問題ない。


(……昔、少しだけやっていた有名なゲームに壁キックって呼ばれてた技があったな。

 ははっ、実際はこういう時に使うんだ)


 昔、ゲーム機の画面上で赤い帽子の青年がピコピコと飛んでいた姿と、今からするであろう俺の行動が頭の中で重なって、可笑しくて思わず口角を上げる。


 そして、その弾機スプリングと組み合わさるのが俺自身の体術。それも主に蹴り技。得意分野だ。


──ビョーン、ヒュン、ビョーン、ヒュン……


 それは俺が、スキルの発動と停止を繰り返し、バネで壁を蹴る音と足で風を斬る音。


 そして、シャドーで繰り出しているのは右の上段回し蹴りと左の上段後ろ回し蹴り。生まれてから数え切れないほど放ってきたその蹴りは、俺の体に染み付いており、素早くかつ綺麗な弧を空中に何度でもえがく事ができる。



 こうして俺は、今日一発目の課題もまた、昨日の勢いのまま容易に成功のイメージを掴む事が出来た。


(やっぱり……最近強くなってるよな)


 俺は自分でも驚く程の戦闘技術の成長に以前よりさらに自信をつけて、それに呼応するように俺の戦闘能力は確かにぐんぐんと上昇していった。


──……パンッ、パンッ、パンッ、パンッ!


──ピピッ


『【10F】の課題をクリアしました。

 これより──……』


 一切呼吸を乱すことなく、俺は当然のようにこのフロアをクリアすると、そのままの勢いで次のフロアもその次のフロアもクリアして、一気にてっぺんへと駆け上がっていく。












 そうしてたどり着いた【30F】ラストステージ



 俺はそこで、これまで積み上げてきた努力とそこから得た自信の全てを、粉々に叩き割られる事となる。








        ……To be continued……

────────────────────


次回:第34話 PRIDE⇐

✱最終改稿日:2020/11/14

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る