第31話 CLEAR⇐
時は、俺がタワーの【2F】を突破する少し前へと遡る。
──────────…………………………
(俺が使っていいのは……あの弓か?)
ぐるりと見渡す俺の目に入ったのは、部屋の隅に立て掛けられた普通より小さめの弓矢。
それは見慣れない暗い
元々、このゲーム内の“弓”という装備には、ハンドガンのシリンダー(※)のような構造が内蔵されており、矢が放たれると瞬時に次の矢へと切り替わる仕組みになっている。
※回転式拳銃の弾倉の事。
現実世界で長年弓道を習っていた俺は、その変化に慣れるだけでもだいぶ苦労した。
ひとまず俺はその蒼色の弓に近づき、両手でそっと持ち上げてみる。そして不用意に上げたり下げたりして何度も感触を確かめた。
(おお。なんというか、危うい感じ……)
それは、普段俺がよく使っている現実世界の弓の形を再現したものとは、サイズが異なるだけでなく、軽く力を込めた時のしなり具合や持ち手の感触までまるっきり異なる。
「はあ」
(まずこれに慣れるまでが大変そうだ)
俺は、これから続くであろう道の険しさにため息を漏らして、再度状況を整理し直す。
50個の的を5秒以内に。
蒼色の弓と一本の白い矢。
俺は両脚を肩幅より少し開いて大きく胸を張ると、目を細めながら一番近くの的に照準を合わせて、試しに一度いつも通りのやり方で弓を引いてみた。
──バシンッ
しかし、真っ直ぐ放とうとした白い矢は俺の右手を拒むようにすり抜けて、的よりはるかに手前の地面に突き刺さる。
俺の大胆な構えによって引っ張られる強さに耐えきれず矢が反発したのか、いつも以上にしなる弓に俺の身体の微調整が効かなかったのか、それは全く分からなかった。
「ははっ」
(……これは想像以上)
思わず零れた乾いた笑い。
「んー」
俺は唇をぎゅっと結び、もう一度その小さな的を見据える。
その時、常に俺の心に潜むその感情に珍しく火がつけられた。
俺が滅多に表には出さないその感情。
──悪く言えば負けず嫌い
そして、別の言い方をするならば、
何かを達成する為の執念というものである。
それは、ここまでハクが“騎士”という役職を続けてこられた一番の理由であり、彼の最大の長所だった。
(……っ)
もっと早く、もっと正確に!
俺の中で滾たぎり始めた血は留まる所を知らず、昂り出した感情は全て、その成功へと向けられる。
──パシッ
ちっ、これではダメだ。もう一度っ!
俺が普段、弓を引く姿勢。
そこから何か得られるヒントは無いか?
いや、きっとどこかに改善の余地がある。
俺はもう一度ゆっくりと弓を構えてみる。
①両足を開き、身体の力を抜く。
②弓を腰の位置あたりに一旦構えて、両手の置き所をしっかりと定める。
③そのまま弓の描く弧の中心を掴んだ左手をスっと真横に伸ばし、それに合わせるように視線を顔ごと的へと向けて照準を合わせる。
④そして大きく胸を張り、右手で掴むその白い矢を、弓のしなりに逆らいながら、顔の横をやや通り過ぎるくらいに強く引っ張る。
──ギィ
懐かしい音が鳴った。
(これだ)
俺は自分の呼吸に合わせて、狙った所へと矢を放つ。
──ズドンッ
この部屋に響いた、初めての快音。
その音に俺の気持ちはさらに高揚する。
よしっ! 次はこれらの全ての動作を徐々に早くして────
そうやってたどり着いたのが、その瞬間。
大気を貫いた無数の矢。
一見闇雲に放たれたその矢は、全て行先を見失う事なく一直線に50個の的の中心へと吸い寄せられていった。
──ズドドドド……………ドンッ!
無数の衝突音が部屋に響き渡る。
その重なり合った衝突音は、俺にこれまで味わったことの無いほどの快感を与えた。
全ての矢が的へと収まりその快音が鳴り終わってもなお、しばらく俺の耳の奥ではそれらがひどく反響し続ける。
そしてそれが、一度味わった体全体が戦慄くほどの俺の興奮を、なかなか抑えさせてはくれなかった。
「…………よしっ!!」
──ピピッ
『【2F】の課題をクリアしました。
これより【3F】へと移動します』
……To be continued……
────────────────────
次回:第32話 OPEN⇐
✱最終改稿日:2020/11/14
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます