第28話 TOWER⇐
「……」
相変わらず、表情をピクリとも変えずに俺を見下ろすグレイ隊長。
「それじゃあ、後はよろしくな。グレイ」
(……えっ)
団長はそれだけ言い残して、目論見を隠しきれないように悪戯な笑顔で俺に笑いかけると、歩いて来た道を颯爽と引き返していく。
突然のことに驚いた。
俺はその行動に何も返せず、徐々に小さくなっていくその背中を見つめているうちに、顔を元の位置に戻すのがますます怖くなっていった。
「……来い」
背中から低く掠れた声がした。
「……!」
戸惑いながらも声のした方に顔を向けると、グレイ隊長は団長が歩いていったのとは反対方向へ、ふいっと視線と顎で俺を誘導して、そのまま背中を向けてしまう。
(しゃ、喋った……! ついていけばいいのか?)
そして俺はまた、別の背中の後を追う。
しばらくの間、お互い口を開かずにその乱れのない絨毯の上をただひたすらに進んでいた。
──サッ
革靴と絨毯の摩擦音。
「……」
グレイさんが立ち止まる。
「……行く」
「え、どこに────」
「……
(ん? なんだ?)
グレイ隊長は、ぼーっと立ちつくしたままの俺を再び冷たく捉えたか思うと、今度は指を伸ばしながら同じ言葉を口にした。
「
(へ? あ、俺のを……開けばいいのか?)
ポンポンッ
わけの分からぬまま、恐る恐る右手の指先で空間をダブルタップし、自分の
隊長は俺を軽く押すようにそれを覗き込むと、勝手になにやら操作し始めた。
(え、この人。いったい何をする気な──)
──ピピッ
『ワープを使用しますか?』
(えっ!!! ……ワープ!?)
「あのっ────」
────── Now Loading ………────
足元に敷かれていた筈の絨毯のシックな色が、突然透き通るような白へと変わる。
(む……無断で飛ばされた!)
そう、俺はついさっきまで居たランにある
肝心な事を何も発さない、このグレイ隊長によって。
「……っ」
(ってか、寒っ!)
ここがゲームの中だという事を忘れてしまうほど、空気の冷たさが俺の肌を刺す。
あまりの寒さに周りを見渡すと、俺の足元だけでなく街全体が白く照り映えていた。
(あっ、ここってもしかして……)
◇カイエン◇
ここはこの世界で唯一、現実世界の“雪”というものを再現している街。その思わず手に取りたくなるような雪の再現度の高さと、どこを見渡しても澄んだ白色に輝くこの街の商店街が、このゲームの中で一度は訪れたい有名スポットとして広く知れ渡っていた。
「……来い」
グレイ隊長は俺を強引に連れてきておいて何も説明することなく、平然とした様子で再びそれだけを口にすると、その商店街の真ん中をただまっすぐに歩いていく。
(こ……この人、寒くないのか?)
凍えるような寒さにも、表情をピクリとも動かさないグレイ隊長。それを横で見つめる俺は、この人の人間味の無さに寒さとは別の意味で身体を震わせた。
彼の放つ圧倒的なオーラの所為だろうか。
この人気の多い賑わった商店街で、そこにいる人々皆が一方的に彼に道を譲り、グレイ隊長は誰にもぶつかる事なくひたすら前に突き進んでいく。
それはまるで、目の前の海を二つに割って道を開けた大昔の偉人のようであった。
──ザッ
革靴と雪の接触音。
「……」
再びグレイ隊長が立ち止まる。
「……ここ」
俺は声に促され、足元の雪へ無意識に向けられていた視線を、ふっとグレイ隊長の後頭部へと移す。
「……!」
しかし、俺の視線はその瞬間、目の前に聳え立つ別のものに奪われた。
それは、街の端へと影を伸ばすほど巨大な一本のガラス張りのタワー。
見た感じ、現実世界の自国で有名な赤い方のタワーの高さは優に超えている。
雪に反射した光がタワーを輝かせ、タワーのガラスに反射した光が雪を一層輝かせる。
俺はその時、目の前に広がる、現実世界でも見た事のないほどの神秘的な光景に、ただただ目を奪われるだけで、すっかり言葉を失ってしまっていた。
「……入る」
──ピピッ
『こちらは、Sランク騎士団
「えっ! ここって――」
俺はやっと取り戻せたはずの言葉を、再度失った。
「……拠点」
グレイ隊長はそれだけ言うと、この巨大なガラス張りのタワーが自分の騎士団のものだ、というこの状況を未だに呑み込めていない俺を置き去りにして、先に中へと入っていってしまった。
……To be continued……
────────────────────
次回:第29話 TRAINING⇐
✱最終改稿日:2020/11/14
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