第5話 SWITCH⇐


──ストンッ


 それは一瞬だった。



「お、おい。

 あいつ今、何かスキルを使ったのか?」


「わ……分からない。見えなかった」


 さっきまで盛り上がっていた会場は、異様な程静まり返っている。



  ◆



 数分前。


 対戦バトル開始直後、相手のトーリは剣を体の前に大きく構えて、軍馬ごと俺の背後に瞬間移動しようとした。


[発動スキル:移動系 ☆☆ ── 瞬間移動テレポーテーション

    

 だから俺は、その彼の腕をとっ捕まえて、相手の心臓部分に槍の先端をつき刺した。


 ──ん?

 

 そう、それだけ。


 たったそれだけのこと。


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『YOU WIN!』


 俺の前に初めて見る表示が出た。


(そういえば、俺はまだ他の騎士と対戦したこと無かったなあ。こんな表示が出るのか)


 騎士同士で対戦し、勝利。そうして得られる報酬と経験値。それがこのゲームの醍醐味だ。にも関わらず俺がそれを味わうのは今回が初めて。


 本当に何もかもが初めてで新鮮に感じられていた──それは少し異様なほどに。




 そんな事を考えながら、目の前でうつ伏せに倒れる対戦相手に手を伸ばす。


 しかし、そのトーリという青年は顔を上げ、鋭い目で俺を一瞥すると、俺の差し出した手を無視してザッと砂の音を鳴らしながら立ち上がった。


「……次は負けん」


 彼はそれだけ言うと、俺に背を向けて出口に向かって歩いて行く。


(負けた直後にこの向上心。ふっ、強いな)


 気が付くと、場内はすっかり盛り上がりを取り戻していた。



──────────…………………………



「乾杯ーっ!! いやぁ驚いた! 

 ハクがあんなに強いとはな!

 無名の新兵がバトルコロシアムで決勝進出なんて、この街じゃビックニュースだぞ」


 俺は今、バトルコロシアムの予選を無事通過し、ロイドさんに連れられてハリアットの中心にある酒場に来ていた。


「うん、ほんとほんと! この街で年に5回は開催されてるが、こんな事恐らく初めてだよ。……なんでハク君は新兵なんだ? スキルも全然使わなかったらしいじゃないか」


(よく知ってるなあ、この人達)


 酒場にいたロイドさんの飲み仲間たちが楽しそうに聞いてくる。


「あ、えっと、それは……恥ずかしながら騎士団に入らないと階級が上がらない、っていうのをつい最近知ったんです」


「えっ!? そりゃあ真面目に言ってんのかい!

 ぶはっ、ハク君おもしれぇ。くくっ」


 お酒も回ってきて皆は俺の話に笑い転げている。俺も多分笑っていた。





「あ……あと、ロイドさん。装備、凄く使いやすいです。改めてありがとうございました」


「お? おお、そうか。そかそか」


 ロイドさんはまた前と同じように、あからさまに嬉しそうな顔をして頷いている。


(まあ、マントの事だけはあれだけど……それは言わないでおこう)


「ハク、明日も頑張れよ! 

 明日は俺らも応援しに行くからな」


 飲み仲間の人達も皆、そう言ってくれた。


「皆さんもありがとうございます」

 

 そう俺がお礼を言おうとした時。



──スッ、


「これは良い剣だね。貰っていくよ」


 背後に人の気配を感じた。


 見覚えのない女性が突然現れて、俺が腰に刺していた剣を後ろから引き抜く。


(この女性ひと、やばい)


 そう思った時にはもう遅かった。


 気づけば俺は、まっすぐ喉元へと剣の先を向けられている。


 剣先が微かに喉に触れ、ピリッと痛みが走る。


(言うことを聞く方が身のためか?)


 俺は迷っていた。その剣は、一年ほど前にとある山の岩から抜いてきただけの物。ここで反抗して酒場の人達に危害が加わる事の方が避けたい。


 それに、この女性ひとはまるで気配が無かった。いくら瞬間移動テレポーテーションでも、ここまで俺が気づかなかった事は無い。だとするともっとハイランクの──



──バァン!!!


 その音で、俺のしていた様々な心配が無意味な物となる。


 それはロイドさんがテーブルを強く叩いた音。ぐっと握り締められた拳の起こした振動が、テーブルの上に乗っていたグラスやお皿をしばらく揺らしていた。



「……おい。今すぐその手を離せ」


 ロイドさんから聞いた事の無いその低い声は、味方であるはずの俺ですら一瞬震え上がった。


「ははっ、なぁに? おじさん。騎士すらやってない人が正義感? 笑っちゃうね」


 しかしその女性ひとは全く怯むことなくそれを嘲笑あざわらう。


「──もう捨てたさ」


 ロイドさんはぽつりと落とすように呟いた。


「なぁに? 聞こえなーい」


 ひたすら煽り続けるその女。俺はそれをずっと冷ややかに見据えている。


「そんなもんとっくの昔に捨てたさ! 正義感なんてものを俺が持っていても無意味なもんだって、お前なんぞに言われんでも十分分かっとる。誰かを護れもせん男に騎士だの正義だの語る資格は無いって事ぐらいなっ!」


 ロイドさんは顔を真っ赤にして怒鳴りつけている。しかしそれは、彼女に対して──というより自分に怒っているように見えた。


「あははっ、なんかぶつくさ喋ってるけど何言ってるか全然分かんなーい。だいたいアタシそんな話聞いてないしぃ──」


(ああ、ダメだこれ。……ムカつく女だ)


 知らぬ間に俺のフラストレーションはもう限界。怒りで行動を起こす事はまず無いが、ここまで言われたら黙ってはいられない。


「ただな……その剣だけは心の汚ねえ奴に触れさせるわけにはいかねんだ」


 急に声のトーンが下がって、ロイドさんはまたぽつりと言葉を落とす。


 俺にはその時、昨夜見たロイドさんの少しだけ寂しそうな表情が脳裡を過ぎった。

 

「その剣はな、俺が旧友にあげた剣だ」


 それを聞いた瞬間、俺の中の迷いはもう全部吹き飛んだ。


「それがどうしたって言うの? 何度も言うけどアタシには全くもって関係のない事だわ。はあ……これだからは。まあいいわ。んじゃ、これ貰っていくわね」



──カチッ


 その女は、俺の中に存在する、ONにしてはいけないスイッチを完全に入れてしまった。








        ……To be continued……

────────────────────


次回:第6話 CONTACT⇐

※最終改稿日 2020/09/30

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