第6話 CONTACT⇐


 その時、ハクと対峙していたそのおびえていた。


 それは目の前の好青年そうだった男が、喉元に剣を当てられているにも関わらず、うっすら微笑んでいたから。


「……」


 その灰色がかった青色の瞳に視線を移すと、男がさっきとはまるで別人のような冷ややかさで、何も言わずにこちらを見据えているのが分かった。


 ──ッ!


 目が合った瞬間。


 背筋に冷たいものが走って、剣の握りを掴んでいた手をさらに強くぎゅっと握り締めて、スっと肘をのばし剣の先端をハクの喉元に再度押し付ける。


 しかし、


ハクは一切顔色を変える事なく、逆に一歩前に足を踏み出した。


「な……っ!」


 男の喉元に剣先がずぷっと突き刺さっていくのを目の当たりにして、女は思わずひるみ息を呑む。



 ハクはその瞬間ときを待っていた。


「……フッ」


 淡く微笑んで剣の刃先を素手で掴む。


 するとそれを逆に自分へと引き寄せるように、刃を喉元から引き抜くことなく相手へと素早く一直線に向かっていく。


 剣はハクの首を貫通した。


 そしてハクは、愚かにも何も出来ずに近づいた女の腹部を下から一発思い切り殴る。



──ドサッ


 女は意識を失ったのか、ハクの目の前に膝をついて崩れ去った。と同時に、その右手から剣の握りが滑り落ちる。


 そしてハクは、自身の首に貫通していた剣の刃をを手前に一気に引き抜いた。


「ッ……ゲホッ、ゲホッ、……ふぅ」


「お、おい。……ハク?」


 ロイドさんが恐る恐る俺の名を呼んだ。


「すみませんでした、ロイドさん。大切なものを……」


 それが誰のものでどうしてそこにあったのかを知らなかったとは言え、勝手にラギド山の頂から引き抜いて持ってきてしまった事は間違いなく俺が悪い。だって、結果的にロイドさんの大事な旧友の剣を汚してしまっていたのだから。


「すみませんでした!」


 手拭いで刃を挟むようにサッと拭き去り手渡すと、俺は両手を体の横につけしっかりと頭を下げた。


「い、いや……いい。

 それよりハクは、大丈夫なのか?」


 ロイドさんはそんな事よりも、目の前で起こった事件に困惑しているようだった。


 キョトンとした顔で見つめてくるロイドさんに、俺は指先で自分の首元にそっと触れながら笑いかける。


「はい、大丈夫ですよ。ほらっ、もう傷はない。まあ痛いのは痛いですがね、このゲームは人を殺したり出来ませんから──」

 

 そう、このゲームは現実世界の身体からだが死なない限り、人が死ぬ事はない。

 ハクの言っていることは正しかった。


 だがそれは、死ぬ程の痛みと恐怖を全て耐えきる事と同義。


 酒場にいた人達は皆、この時だけ、それを至極当然のように言うハクに恐れを抱かざるを得なかった。


 人間として大切な何かが欠けてしまっているのではないか。皆がそう感じるほどに、紡がれたその言葉は冷めきっていた。


「さあ、興醒めしてしまいましたし、そろそろお開きに致しましょう」


 そう言って身体の前で手を叩く彼はもう、最初と同じ元通りのハクであったが。



  ◆



 帰り道、俺はロイドさんと二人で月に照らされた夜道を歩く。ハリアットの中心部と言えどこの時間はさすがに静か。


 今はカツカツというふたつの足音と、ぽつりぽつりと落とされるふたつの声だけが、この街の静寂を邪魔している。


 それは剣の持ち主である旧友の話だった。


「その剣はな、だいぶ前に俺が作ったんだ」


 だいたい予想はついていた。普通なら、他人の所持品を一目で見抜けるほど覚えているはずがない。


「……やはりそうでしたか。言われてみれば重みがあの槍と似ています。だいぶ前に作られたとは思えないほど綺麗で立派な剣ですね」


 俺がそう言ってもロイドさんはゆっくりゆっくり頷くだけ。何も言わずに頷くだけ。


「あの……俺、持ち主の方にも申し訳ない事をしましたよね。それで間に合うのか分かりませんが、もし良ければ明日、俺があの山の岩に刺し直してきます」


 そう言うと、驚いたように視線を俺に向けて、ロイドさんは首を横に振った。


「いや、大丈夫。……それは俺が刺したから。

 それは、こっちの世界からそいつが帰っていく時に俺に渡してくれたものなんだ」


(……え?)


「その方はもうゲームの中にはおらず、現実世界に帰られてしまったという事ですか?」


 それが悪い事だとは思わないが、ロイドさんの表情になんとなく引っかかる。


 その横顔は失くしたものを嘆く顔。それはまるで──


「んーまあ、そうだな。だが……」


 少しだけ変な間が空いて、俺はロイドさんの顔へと視線を返す。


「だがそいつはもう、こっちの世界にはもちろん……あっちの世界にも存在しないんだ」


 そう言って優しく細められたロイドさんの目を俺は見ていられなかった。だってそれはまるで、もう二度とその人とは会えないかのように寂しく切なく地面を移していたから。


「あ……げん──いや」


 俺はそれ以上の言葉を探せず、別の言葉を口にする。


「だったらこの剣は、やっぱり元の場所に戻してきますよ」


 また少しだけ間が空いて、今度はロイドさんが俺の方を向いた。


「いや、本当にいいんだ。むしろ俺は、ハクに使って欲しいと思っている。……ふっ、まあ特に根拠があるわけでもないんだがな、ハクがそれと出会ったのには運命的な何かが働いている気がする」


 ロイドさんのその瞳に一切の迷いは見えなかった。


「ずっと使われない剣の方が可哀想だろう?

 お前ならあいつもきっと許してくれるさ」


 そう言って俺の方に向けられたロイドさんの笑顔は、きっと俺に対してではなく、亡くなってしまったその人に対して投げかけられた確認のようなものだった気がする。


 そこまで言われてしまっては仕方がない。


「……分かりました。

 大切に使わせていただきます」


 そう答えた俺は、何か別の大きなものを背負った感じに身を引き締められて、もう一度その剣をぐっと強く握り直した。

 

         

  ◆



 一方、それと同じ頃。


 ハク達のいた酒場の端の席に座っていた黒スーツで細身の男性が、SORDソード越しに誰かと話している。


「──ふふっ、ありがとうございます。──ええ、彼は必ずうちの戦力になる。そう思っております。──はい、必ずやそう手配致しますよ。──はい、では失礼致します、、、団長」




『コンタクトを終了しますか?』


YES ⇐

NO


「ふぅ………ハク、ですか。楽しみですね」








        ……To be continued……

────────────────────


次回:第7話 YOU LOSE⇐

※最終改稿日 2020/09/30

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