第39話 憎悪

森の奥へと逃げ込んだジャックは川沿いを歩いて川上へ向かった。そして、滝が流れている近くの岩場を利用して洞窟を作った。とりあえず周りの騒ぎが収まるまで、ここに隠れているつもりである。


スティーブ博士によって改造されたジャック専用のイーワン(E-01H)はカーボンのボディとステンレスの部品で構成されているため、金属探知機にも反応しないのでAI政府がジャックを探し出すことは困難である。


米軍が開発した遠隔型戦闘用アンドロイド(E-01H)はプルトニウムを使って電気を作り出し、30年は動き続けるという恐ろしい兵器である。


イーワン(E-01H)の利点は、戦場での物資の運搬(食糧、武器、テント)ができることであり、軍人より前に立って敵の攻撃をさえぎる盾の役目をすることである。そして、武器を扱うことができるので援護射撃も可能となっているのだ。


遠隔操作で動くアンドロイドなので敵の兵士がイーワン(E-01H)を倒しても、また次々に飛空艇から空挺降下エアボーンによってイーワン(E-01H)が戦場に送られて来るのでキリがないという後味の悪さである。それどころか敵の兵士はムダに弾丸を消費して弾切れが早まる恐れがあり、迂闊うかつに敵として相手にしたくないのがイーワン(E-01H)だった。


遠隔型戦闘用アンドロイド(E-01H)は、持久戦に持ち込んだときに圧倒的な戦力を誇った。プルトニウムによって電気を作り出しているのでイーワン(E-01H)を非常用電源として200Vの電気を他の電気機器に供給することも可能であり、総合的な能力に長けていた。


第三次世界大戦が終わってから戦争で使われた最新技術を活かし、救助活動や災害現場の復興にイーワン(E-01H)が駆り出されることが多くなっていた。


とくに人が立ち入ることができない危険な場所や災害現場で人員が足りないときにイーワン(E-01H)の機動力が重宝ちょうほうされるようになった。


ジャック「クソ!面白くねぇな・・・・。また戦場に逆戻りかよ」


洞窟の中でジャックがぼやいていた。


エルサルバドルの森の近くの上空を大きな飛空艇が通り過ぎていく。そして、空挺降下エアボーンによって浮遊落下してくるのはイーワン(E-01H)だった。

10体のイーワン(E-01H)と30機の小型ドローンが森のほうへ浮遊落下して向かっていく。AI政府に”諦める”という文字はないのだ。


第三次世界大戦後に誕生した世界政府の中枢に位置するAI政府は実行支配を行う。世界の秩序を守り、人類を統一するためにテロリストや反社会的組織の撲滅に取り組んでいるのである。


一方、スティーブ博士はジャックを搭載した戦闘用アンドロイド(E-01H)が町で暴れて警察も軍人も市民も皆殺しにしてしまったので、今までの研究の成果が剥奪はくだつされることを恐れていた。


いずれAI政府は遠隔型戦闘用アンドロイド(E-01H)が何者かによって改造されたことに気づくはずだ。そうなればきっとこの研究所も足が付く。


もしくはジャックがAI政府によって拘束されることになれば、研究所の存在を明かすことになるだろうと予想した。


どちらにしてもスティーブ博士に罪が降りかかる結果しか残されていないのだ。頭を抱え、ベッドの布団の中にスティーブ博士はうずくまった。


子供のように恐怖におびえ、30年以上続けてきた研究の成果が失われようとしていることをなげくのであった。


スティーブ博士は思った。

(アイツだ!アイツを生かしておいたのが間違いだった!せっかく脳だけの存在になって貴重なサンプルができたと思ったのに!すべてがぶち壊しじゃないか!

人類が選ぶ、究極の未来ができたはずなのに!)


ベッドの布団の中で小刻みに震え、青ざめた顔をこわばらせた。


今、スティーブ博士は ”怒り” と ”憎しみ” と ”恐怖” の感情が入り混じっていて、いつもの論理的な思考ができないでいた。


AI政府が研究所を突き止めればなのだ。どうにかしなければいけないがどうすることもできない。


パニック状態だったスティーブ博士が急に布団を払いけて起き上がった。ベッドから立ち上がり、ベッドのわきにある机の引き出しから銃を取り出した。


そして、机の上に置いてあった携帯電話をしばらく眺めていた。


さっきまでこわばらせていた顔はスッキリとした表情に戻った。その瞬間、自分の足を右手に持っていた銃で撃ち抜いた。


バーン!弾丸は右足の甲を貫いて床にも穴をあけた。博士は床に転がり込んで右足の甲を両手で押さえている。しかし、足から大量に出てくる血は止まらなかった。


苦痛にもだえながら博士は必死に痛みに耐えている。


しばらく床にうずくまっていたが机にひじをつきながら起き上がり、携帯電話で警察署に電話をかけた。警察署の受付担当の女性が電話に出て質問をする。


受付の女性「はい、用件はなんでしょうか?急用でしょうか?」


スティーブ博士「そうだ!急用だ。ニュースの速報で流れていた足を撃ち抜かれた。助けてくれ!」


この後、スティーブ博士のところに警察官と救急車が駆けつけスティーブ博士を病院へ運んだ。


そして、救急車の中でスティーブ博士は警察官にこう答えたのだった。


スティーブ博士「私の研究所へやって来たイーワン(E-01H)は、昔、私が命を救ったジャックという軍人が操作している。ヤツは7年間、姿を消していたが急に私のところへやって来たのだ。研究所にあるカプセルも破壊されてしまった。ヤツは危険だ。あのイーワン(E-01H)を倒すためなら私は政府に協力しよう」


スティーブ博士は、ジャックを悪者に仕立て上げてに走ったのだった。

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