第34話 アンドロイド
3回戦に負けた後、スティーブ博士は仮想世界にはほとんど行くことがなくなった。オムがくれた物資のおかげで一時的に博士が住むエルサルバドルの町は、数ヶ月の食糧を確保することができた。
この間にできるだけスティーブ博士は研究を進めなければならなかった。人間の脳だけを仮想世界へ送り込む研究である。
仮想世界では、AI(人工知能)が動かすアバターにも人間にも違いがないのだ。人間が体を手放して、脳だけの存在になったとしても問題はないはずだ。
現実の世界で施設や脳の管理をアンドロイドやAIに任せておけばいい。この研究と開発が成功すれば人間は”夢の中で生きていられる”はずだ。そう、博士は考えていた。
老化はなくなり、食欲や性欲は脳に送る電気信号で満たされる。そうなれば人類はどんどん減少して、地球にとってガン細胞であった人間の活動は小さくなっていくのである。
今まで戦争を繰り返し一部の人間の思惑で世界は動かされ、無益な争いをしていたことを考えると、それに比べれば人間が脳だけの存在になるのは、ムリな話ではないと博士は自分に言い聞かせていた。
博士はいつものようにジャック専用のカプセルに入る。脳だけの存在になったジャックの日々の変化、様子を観察して改善できる部分を探す。それが博士の課題である。
スティーブ博士「ジャック、おはよう。起きてるか?」
ジャック「お、おお・・・。博士、朝からどうしたんだ?ちょっと着替えるから待っててくれ。さすがに博士にも全裸は見せられないぜ」
スティーブ博士「右手の様子を見に来ただけだ。時間は取らせんよ」
ジャック「まぁそういうなよ。おい、ミザリー!オレのカーゴパンツどこいった?」
ジャック専用のカプセルでは、マイクごしにジャックに話かけるとAIを搭載したカプセルが勝手に仮想現実の疑似地球の中にその人物を投影するのであった。
ジャックの目線では、自分の部屋で女と裸で寝ているところに博士が突然 訪問してきたことになっている。
脳だけの存在になったジャックは”夢の中”を生きているので矛盾や不自然なことがあってもすんなり受け入れてしまうのだ。しかし、この日は違った。
エルサルバドルで突然、大きな地震が起きて施設が停電してしまった。その停電の際に施設は充電された補助電力にすぐに切り替わったのだが、この災害のときに使われるバッテリーの電力では、ジャック専用のカプセルが作り出す仮想現実は電気を消費する容量が大きいため、AIはジャックの視点を防犯カメラの視点に切り替えるという選択をした。
殺風景なジャック専用のカプセルの中に博士が座っている。そして、その博士の前にはホルマリン漬けにされた脳があり、博士は脳に話かけていた。
博士「近くで大きな地震があったようだ。様子を見てくるよ」
そう言い残して、博士は慌ててカプセルから出ていくのであった。
ジャックは、今、自分がどこにいるのか理解できなかった。天井近くの視点になっているが「これは現実なのか?」と疑っていた。しかし、時間が経つにつれて最悪のことが頭をよぎり始めた。
母国の精鋭部隊に八つ裂きにされて、瀕死の重症を負い、右腕を切り取られ、右目をえぐられ、燃えるような熱さと激痛が走っていた”あの日”から何かがおかしかったんじゃないか・・・・。気づけば10年経っている。
もしかして、これが本当の現実・・・・?
オレの街や女は仮想現実の世界だった・・・・?
ジャック専用のカプセルの防犯カメラの視点から、自分の脳を見下ろしているジャックはいろんな感情を
ジャックの脳の電気信号は異常値に達した。
ジャックの脳が混乱を起こして危険な状態になったので、AIを搭載したジャック専用のカプセルはメインコンピューターにアクセスして正しい答えを探った。
メインコンピューターの回答は、ジャックにアンドロイドの体を与えるというものだった。
回答が得られたジャック専用のカプセルに搭載されたAIは遠隔操作でロボットアームを動かし、ジャックの脳をアンドロイドに移し始めた。
アンドロイドの胸には「E-01H」と書かれている。軍事開発された戦闘ロボットである。
ホルマリン漬けの脳は瓶の中に入っている。瓶から伸びた電気のコネクタがロボットアームによってアンドロイドと接続されていく。そして、ジャックの視点はアンドロイドの視点に切り替わった。
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