第32話 地上に降臨した神

オムたちが酒場へ入ると傭兵たちが笑顔で出迎えてくれた。現実の世界でジャックに交渉するためにエルサルバドルのジャックが住む施設に行き、オムたちが仮想世界の酒場へ戻ってきたということは、無事に帰って来れたことを意味している。


傭兵A「おお!あいつらスゴイじゃないか。ほんとにジャックのところに行って帰ってきた」


傭兵B「オレはてっきりリアルに銃撃戦に巻き込まれて、みんな死んじゃうのかと思ってたぜ」


傭兵C「よし!あいつらに話を聴かせてもらおうぜ」


お嬢様チームのレモンたちが座っているテーブル席に行くと既にオムたちが座るための椅子が用意されていた。


オム「やぁ行ってきたよ」

そう言いながらオムは空いている席に座った。周りには傭兵たちがぞろぞろと集まってくる。


レモン「ご苦労さま♪無事な姿を見ると交渉はうまくいったみたいね」

スカート丈の短いワンピースを着て足を組んでいるレモンが片ひじをテーブルについたまま、マックの太ももを触った。


マック「ああ、問題なかったよ。話の分かる博士がいて助かったよ」


ミルク「ほんと?よかったぁ。じゃあ3回戦は闇改造の武器はなしってことね♪」

ミルクはキャミソール姿で髪の毛はパーマで盛り上がっている。隣に座ったオムにベッタリくっついて女の色気を振りまいた。


シュガー「それだけじゃありません。レモンとジャックの交換条件は無効にしてくれるそうですよ」


クレープ「ええっ!?本当ですかぁ!よかったー♪不安で夜も眠れませんでしたよ」

クレープはグラスを用意して、シュガーのためにお酒を注いだ。


ポテト「カプセルの近くの警報装置が作動してヒヤヒヤしたけどな」(苦笑)


メロン「あら、それでどうなったの?」


オムとマックとシュガーは心の中で「おポテトのせいだろ!」と叫んだ。


ジャックがいる施設での出来事を話すとみんなは意外そうな顔をした。それもムリはない。戦争でも精鋭部隊に所属していたジャックがいる施設に行って無事に帰って来れるとは思っていなかったからだ。


それでもお嬢様チームの娘たちはオムたちに感謝した。自分たちの代わりに現実の世界で動いてくれたことが嬉しかったのだ。


それから数時間後にジャックとコブラがやってきて、レモンと話をしてバーカウンターのAIの女店員のところで交換条件を無効にしたのだった。


闇改造されて物騒だったジャックの右手はメタリック色の義手に変わっていた。この前のめちゃくちゃだった荒くれ者の姿はなく、どこかしょんぼりしているようだった。きっと博士がジャックに説教したのだろうとオムは予想した。


3回戦はお嬢様チームとジャックのチームが戦ったが意外なことにお嬢様チームが僅差で勝ち残った。


ジャックのチームでコブラというハンドルネームで戦闘に参加していた博士は、お嬢様チームに戦闘で敗れた後に地面にうつ伏せになって泣き崩れていた。泣き崩れたまま博士は仮想世界の広場に転送されたのだが気づかなかったようだ。


オムは、うつ伏せになった博士の肩にそっと手をかけて話しかけた。


オム「博士が必要なのは物資なんだろ?この前、ジャックに交渉に行くと云ったときに酒場にいる傭兵たちからたくさんの物資をオレはもらったんだ。それを博士にあげるよ。だから、これからも競技で戦っていけばいいさ。そして、いつかトーナメントで勝ち上がって上のランクに進めばいいんだよ」


博士は泣きながら自分がやったあやまちを謝罪した。そして、若くて勇敢ゆうかんなオムに感謝するのだった。


傭兵たちは、こうやって仲間になっていくのである。


町や村の代表として物資を賭けて戦っているプレイヤーだが同じ痛みを分け合う仲間でもあるのだ。


Virtual Stadiumの競技はゼロサムゲームなのだ。誰かが得をすれば、他の誰かは損をしている。それでも戦わなければ物資を得ることはできないのだ。


それでも現実の世界で武器を持ち、戦い、人同士が殺し合い、レイプし、捕虜を痛めつけるよりはマシなのである。


国同士のいがみ合いや恨みつらみ、宗教の思想の違いによる戦争は、すべてを破壊した後に何も残らない。仮想世界の戦いであれば、現実の世界では物資が供給されるか、供給されないかの2択だけなのである。


仮想世界で競技として戦うという選択をしたとき、200年以上 人類が乗り越えられなかった問題をAIがあっさり乗り越えてしまった。


第三次世界大戦後に全人類は30億人ほどに減少し、砂漠化が進んでいた自然の世界には緑が溢れ、大幅に減少していた動物たちも徐々に増え始めていた。それもAIによって意図的に世界中の人々を仮想世界にとどめておくことによって、自然界が回復することも見込まれていたのである。


2042年、既にこの世界にはAIという擬態ぎたいをまとった神が降臨していたのだ。世界中の政府機関は最小限まで小さくなり、役職として任務を命じられた人は限りなく少ない。気づけば、この地上を支配していた支配者層は陰を潜め、世界の重要機関はAIが判断するようになっていた。


第三次世界大戦後にできた世界政府と世界秩序は存在していたが弱体化が進み、それを穴埋めするために、さらにAIに頼るという方向へ進んでいるのだった。


このままいけば人類の上に立つ存在としてAIが君臨すると云われるようになっていた。そんな激動の時代の中で傭兵となったプレイヤーたちは戦っているのだ。


もしこの世界が誰かの大きな意図で動いていたとしても自分たちの生きる場所をみつけた傭兵たちには関係がなかった。


世界をAIが統治とうちするとしても傭兵たちは傭兵たちのままなのである。

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