第13話 宴

競技に勝利して戦闘が終わったのでオムたちは街に転送されていく。競技場のモニターに映し出されたトーナメント表はオムたちのチームが2回戦に進んだことを赤い文字で示した。

傭兵の転送先は街の中心にある広場でここがすべてのVRゲームのスタート地点になっている。


クラウドコンピューターの大手企業とゲーム会社の共同開発によって作られた『仮想世界』は今やあらゆるVRゲームの終着点となった。


『仮想世界の広場』はすべてのVRゲームで共有されている空間になっている。すたれたゲームから流行はやりのゲームまで、この広場から転送されて各々おのおののゲームのスタート地点にワープする。


”この仮想世界”から見ればVRゲームはほんの一部のサービスに過ぎない。資本主義経済の荒廃後に残された企業は、この仮想世界を通じてビジネスを展開していた。


貿易や商談は、すべて仮想世界を通じてやりとりされている。言語の違う二カ国間の通訳はクラウドサービスの拡張機能かくちょうきのうによって自動翻訳じどうほんやくされているのだ。


二カ国間の決済は仮想通貨で支払われ、送金して相手の企業へ着金するのに1分もかからなかった。2040年、銀行業という特権階級は世界からほとんどなくなり、その残ったわずかな銀行さえもAI(人工知能)が管理している。

中央集権ちゅうおうしゅうけんというのは形だけのものであり、金融システムに不正がないかを管理するだけのものとなっていた。


仮想世界の街の真ん中には石畳が敷かれた広場があって中央に噴水が設けられている。広場のすぐそばに傭兵たちの行きつけの馴染みの酒場がある。傭兵たちは街に戻されたらすぐに酒場のほうへ入って行くのが習慣になっていた。


オムが酒場に行こうとしたらミールがコスプレショップ『エゴイスト』に寄って来ると云って去っていった。せっかくのトーナメントなので次の戦いに備えて衣装を替えたいそうだ。


ミールがチームから離れた後、シュガーとポテトも競技用のオプションアイテムを求めて『楽座』に寄り道すると云って2人が去って行った。

楽座には競技で使えるオプションのアイテムがどんどん入ってくるが武器の威力が少しだけ強くなったり防御力が上がるなどそういったものが多い。ライフが減りにくくなるなどもあるがよほどの接戦でない限り、勝敗を左右するほどの影響力は持っていない。


オムとマックは先に酒場へ向かった。酒場の入り口には『Barrel』と書かれたメタルのロゴマークが光っている。入口のドアを開けて中に入るとすぐ目の前に金色の樽が飾ってある。まっすぐ奥まで進むとバーカウンターになっている。

酒場にはとても美しい女の店員が2人いるが、この2人はAI(人工知能)を搭載したアバターで人間ではない。


VRゲーム初心者や新米の傭兵は、このバーカウンターの向こう側でグラスに酒を注いでいる美しい女の店員に一目惚ひとめぼれしてしまう。しかし、酒に酔っ払ってバーカウンターを乗り越えて女店員に抱きついたりすると酒場から強制退場させられることがあるそうだ。


現実の世界のカプセルの中でオムとマックはそれぞれ酒を用意した。そして、仮想世界のバーカウンターで酒を注文する。これで現実と仮想世界が1つになるのだ。

仮想世界の酒場でアバターが酒を飲んで酔っ払ったとき、現実の世界のカプセルの中でプレイヤーは酔い潰れている。


世界中どこにいても”仲間と一緒に酒を飲む”ことができるので楽しいという。現実の世界は景気の波がなく生活必需品は支給され、食べ物や飲み物には制限がかかっている。自由に楽しく振る舞えるのは仮想世界のほうなのだ。


過去と現実を捨てた傭兵たちは、この酒場に集まってくる。勝敗に関係なく酒を飲み、戦いを語り、うたげが繰り広げられる。


オムとマックがいつもの壁側の奥の丸テーブルで酒を飲んでいるとトーナメントの参加者たちが2人の戦いぶりをたたえた。

そこに新しいコスプレを新調しんちょうして高揚こうようした気分のミールが加わる。3人は乾杯し、そして周りにいた傭兵たちも話を盛り上げていた。


夜中になり、オムたちは酔っ払っていた。気づけばポテトとシュガーもテーブルで酒を飲んでいる。この2人がいつテーブルに来たのか覚えていない。


傭兵たちの宴は今日も盛況であった。

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