第12話 ミールの癖

シュガーが中央の建物に入ってから敵チームが待機している場所をマップでポイントして仲間に伝えたところからの展開は非常に早かった。


シュガーがセラにダメージを与え、ライフが半分になったセラがミゼラとおとりを交代したのも相手チームの敗因である。

2人がスペシャルウエポンを使い切る前に倒されてしまうと相手チームの戦力を削ることがより難しくなるのである。さらに女性のキャラクターのライフが半分以下になっていたのにテンプテーションの技を使うことが一切できなかった。オムが空中に飛んでいるので距離があったために使えなかったようだ。


戦略家のシュガーと戦闘狂のオムのコンビネーションは敵チームの予想をはるかに上回っていた。


残党として残ったのは、いよいよ小鉄だけである。


小鉄「クソー!勝ち目はない。もうオレだけじゃないか」


モルトたちが狩場かりばとして選んだ場所で小鉄はオムのデザートイーグルで3発撃たれている。残りのライフは半分ほどだ。


デザートイーグルは標準の武器に近いが射程と威力が少し高めに設計されている。その代わり、標準の武器よりも連射性能は遅い。


エイムを外さないオムには”ちょうどいい武器”となっている。


小鉄は南側の窓枠のほうに走っていく。誰も追いかけて来るものがいない。

小鉄「どうせ、この戦いは俺達の負けだ。しかし、全滅は避けたいな」


自分たちを支援している町の人々や酒場で戦いを見ている傭兵、それ以外の観客たちに「あいつら全滅してるじゃん」と思われるのがイヤだった。


イベントに参加する傭兵たちが強いのはわかっていたが見ているだけの観客にはモルトのチームが弱いように見えてしまう。全滅すれば観客たちにそんな印象を与えてしまうのだ。

最悪の場合は、自分たちを支援してくれる町や村のスポンサーがいなくなってチームの解散を余儀なくされる。


そうなれば傭兵として他のチームから声がかかるのを待つしかない。チーム制ではなく、単独で戦う1対1や10人で戦って生き残った傭兵がすべての物資をもらえる競技もあるが戦績が安定しないし、スポンサーも村レベルだ。


小鉄の頭の中には、これから自分がどうやって物資を稼いでいくかという将来の不安しかなかった。「せっかくここまで成り上がってきたのに・・・」と、小鉄はぼやいた。

小鉄はエイムが悪く、戦績もまったくパッとしなかった。しかし、モルトと出会ってチームに誘われてからは戦績がうなぎ昇りになり、人生が変わった。


チームのメンバーは他のチームとそれほど能力的な差はない。しかし、モルトの戦略だけが飛び抜けていた。

どんな相手と戦ってもそれほど苦戦せずに楽に勝てる。その戦略は小鉄には理解できず、不思議だった。


モルトが小鉄に言っていた言葉がある。

「どんなときでも戦況は変えられる。だから、どんな状況になっても勝てる作戦を立てるんだ」と。


思い返すと頭が痛い。小鉄はモルトの戦略に甘んじて、そんなことを考えて来なかった。かつてないほど追い詰められて”自分だけでもなんとか生き延びなければ”という状況になり、初めてリーダーが言っていた言葉の重みを感じた。


南側の窓枠の近くに来ると誰かの声がする。


ミール「おや、あなたどこへ行くつもりなの?」

小鉄は窓枠のほうにメイン武器のサブマシンガンを構えて、サブ武器のドローン爆弾を飛ばした。その瞬間、ミールは手りゅう弾を窓枠から建物内に投げ入れる。


ドーン!手りゅう弾の爆発でドローン爆弾も一緒に爆発した。辺りが煙に包まれる。

小鉄は体勢を低くしながら窓枠に近づいて行った。


さっきまで窓枠のほうに居たはずのミールは小鉄の後ろから話しかける。どうやら手りゅう弾が爆発したときに巻き上げた煙に紛れて建物内に忍び込んでいたようだ。


ミール「私達の仲間を1人ヤッて調子に乗ってるんじゃないわよ、この小童こわっぱが!ここが貴様の死に場所だ!」


小鉄は振り返りながらサブマシンガンを撃ち放ち、ミールはレーザーポインターで照準を合わせて確実に小鉄を撃ち抜いていく。


2発、3発、4発とミールの体に弾がヒットしていく。それと同時にミールが確実に小鉄に弾を当てていく、1発、2発、3発、4発、5発。


小鉄は弾が5発当たって消えた。ミールはレーザーポインター付きのサイレンサーをメイン武器として使っているが威力が弱い。その代わり、確実に当たるという利点と隠れて撃てばどこから狙っているのかわからないというメリットがあった。


それをわざわざ敵の正面から撃ち合いに持っていき”どちらが生き残るか?”を試すのである。これがミールの悪い癖なのだ。


チームのメンバーはガンスリンガー気取りと揶揄やゆしている。


ミールは正面からの撃ち合いで小鉄を倒し、恍惚こうこつの表情である。


VRスーツの体感センサーによってミールは体に弾が当たった痛みを味わいながら、自分のライフが減っていくのをまじまじと見つめていた。そして、相手が先に消えたときに興奮して息切れしながらも勝った自分に酔いしれる。


ミールは中毒性のある”自分だけのゲーム”を作り出していた。

これをミールは「SEXよりも気持ちいい」と酒場で酔ったときに口走ったことがある。


メンバーもじゃっかん引いてしまった事件である。


トーナメントの1回戦は無事に勝利した。後日、最初にヤラれたポテトが「オレの犠牲ぎせいむくわれた」と仲間のために死んだヒーローのようなことを云っていたがみんなはまったくその意味を理解できなかった。


すべての敵を倒したのでそこで競技は終了となった。競技施設にいた傭兵たちはすべて街に転送されていく。戦闘で生き残ったオム、シュガー、ミール、マックの足元に光の輪っかが現れて転送を開始した。


1回戦の決着がつくと酒場のほうから傭兵たちの歓声があがった。酒場はいつも通りのにぎわいである。

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