第14話 月
窓から入ってくる明かりは、やけに明るかった。片方のレースカーテンを引っ張ると、窓の向こうには満月が浮かんでいた。
綺麗、と彼女は呟いた。確かに綺麗だった。月をまともに見たのはいつ以来だろう。そう言えば、地球からはそんなものが見えていたのかと思い出すほど、月を意識して見ることなど、習慣にはない。
「はるか」
「何?」
「月って、星のように自らが光っているわけじゃないんだよ」
「そうなの?」
「そう、遥か離れた太陽が月の表面を照らして、それが反射して光って見えるんだ」
「だから形が変わる? 光が当たる角度が変わるから?」
「そういうことだね」
へえ、と彼女はより興味深そうに再び満月に視線を戻した。
「君もいつか現れるよ、君のことを照らしてくれる人が」
「何言ってるの? おじさんって、たまにロマンティックなこと言いたがるよね」
「昭和のおじさんは、そいういうものなのかもしれないな」
彼女は、少し小馬鹿にするように鼻で笑った。俺も笑った。
何の面白みも特徴もない男の一人暮らしの部屋で過ごす時間でも、満月を眺めながら、秋の夜風に吹かれ、好きな人と抱き合うこの時間は、この上なく優雅だ。
「私、おじさんには感謝してるよ」
「どうして?」
「いつも優しくて、私を大切に包んでくれる。こんなに心落ち着かせていられる時間は、人生で今が初めてだから」
「君をぼろぼろにしてしまった日もあったけどね」
「懐かしいね」
ごめんね、と謝ると彼女は俺の上に跨った。彼女は両手を俺の肩の上の方につき、鼻先がもう少しで触れ合う距離で見つめ合う。
近すぎて上手く焦点が合わない。でも、髪から香る甘い匂いで、目の前にいるのは彼女だということを認識する。初めてあったときも、こんな感じだった。あのときも、この匂いに全て落ちた。身も心も、彼女に全て持っていかれた。
彼女は太ももを股に押し付けてきた。顔を更に近づけてくる。俺は目を閉じたが、唇が重なる感覚はしなかった。期待していた刺激は、口ではなく耳元から伝わってきた。
「大きくなったら、また抜いてあげる」
あの日と同じだ。きっと今日もこの言葉に、自分の欲情を抑えられないのだろう。抑える必要もない、これは俺が望んでいたものそのものだから。
「はるか、今日はたくさんしよう」
「仕事は?」
「明日のことは、起きたら考える」
「寝させないよ。明日なんか、来させない」
「いいよ、それでも。君といる時間が長くなるなら」
股が熱くなってくると、彼女はそれを右手で包み込んだ。そのまま上下に動かしながら、左手で私の胸先をはじくように強めの刺激を与えてくる。その快感に俺は声を上げ、腰を浮かせながら感じた。
「おじさん、可愛い」
彼女は遊ぶように体に触れる。俺は声と仕草でそこから伝わってくる快感を表現した。
彼女は手を止め、ずきずきと痛む股の先を、口の中に入れた。そのねっとりとした愛撫は、生で入れるよりも刺激的で気持ち良かった。もうそんなに何度も出ないだろう、そう思いながらも彼女の口の中で腫れ上がるように大きくなっていく自分の身体に、痛みすら覚えた。
待って、と俺は彼女を止めた。また本番の前に果ててしまう。そう思うほどの快感だった。彼女はにこっと微笑み、俺の腕を引き上体を起こさせた。
体を入れ替えるように、今度は彼女がベッドの上に仰向けになった。俺は彼女の足を開き、股に顔を埋めた。
あまり手入れされていないところが、彼女そのものだ。普通の女の子が気する、処理をするかしないか、のような悩みは、彼女にとってはあまりにも小さいことなのだろう。
腰を浮かせ、子猫のような弱い声を上げる。その仕草や声に俺の身体は熱くなり、ぞくぞくとしてくる。
「はるか、いいよ。可愛い」
愛撫を終えると、彼女は息を激しく乱していた。いったいどれほどの時間、俺は彼女に夢中になっていたのだろうか。
彼女の呼吸が整うのを待って、再度足を開いた。湿ったもの同士を数回擦り合わせたとき、彼女は吐息交じりの声で話し始めた。
「私、家出はやめられないけど、身体売るのはやめる」
「うん」
「これがセックスなんだって気づけた」
彼女は泣いてた。そして、声を震わせながら話を続けた。
「こんなにもセックスがしたいと思った夜はない。こんなにも胸が締め付けられるような感情になったこともない。こんなにも素直に気持ちいいと思えたことも、ない」
溢れる涙は、止まるどころか、量を増していく。彼女はその涙を拭おうとはしなかった。彼女の手は俺の腰に添えられ、そのまま自ら俺の腰を引き寄せた。
「もっと、したかったな」
彼女はそっと目を閉じ、溜まっていた涙を全て下に流した。
おそらく彼女も俺と同じことを考えている。彼女は子どもなのに、この先どうなるかを分かっている。だから、涙が止まらないのだろうと思う。
――会うのは、今日が最後だ。
直接口にはしていないが、彼女にはそれが十分に伝わっている気がした。
「私じゃ、おじさんを幸せにしてあげられない」
「ううん、それは俺のセリフだよ。俺は十分幸せだよ」
彼女の目は何かに怯えるような目していた。君も怖いのだろうか。この先、俺たちが会わなくなったときのことを想像しているのだろうか。
「どうしたの?」
「私が今、死にたいって言ったら、おじさんどうする?」
「……、一緒に死のうか」
俺は彼女の首に両手を添えた。彼女はそれに抵抗することなく、受け入れた。吐息まじりの喘ぎ声は、両手に入れる力が強くなるにつれて小さくなっていく。白い彼女の顔は、のぼせたように赤みを増してくる。
咳き込む彼女を俺はもっと追い込んだ。
「そんなんじゃ、いつまでも死ねないよ」
「おじさん……」
気づいたときには、俺も涙を流していた。首を絞める手の甲に涙の粒がぽたぽたと落ちる。
――俺が殺める。君がこの先、俺の知らないところで死のうとするかもしれないのなら、俺が今ここで、殺めてやる。
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