第13話 窓を開けたら
「おじさんは、私と恋愛するのが怖いの?」
「怖いというか、戸惑うんだ。君とは年が離れ過ぎている」
「そうかな」
そうだよ、とベッドの上で仰向けになって答えた。ベッドの横にある窓を少しだけ開けて、11月の夜風を浴びて火照った身体をさます。
夜風は、体温だけではなく俺の中にある彼女への感情も少しずつ冷ましていく。
冷静になって彼女のことについて考えると、彼女はまだ俺の半分しか生きていない。そんな女の子と恋愛などできるはずがない。
――戸惑う
さっき彼女にはこう言ったが、本当は彼女が言うように怖いのだ。いつか彼女に「私はおじさんが居なくても生きていける」そう思われることが。彼女はまだ未成年で、世の中のこともほとんど知らなくて、人を好きになった経験もまともにない。
そんな彼女が、これから大人になる過程で価値観が変わっていったときに、「なんでこんなおじさんと一緒にいるんだろう」と、そう思うときが必ず来る気がして。
俺は35年も生きている。色んな人を好きになり、様々な恋愛も経験してきた。それがどれだけ楽しいことか、人生の生きがいになるかを知っている。
それがどれだけ苦しいかも、知っている。
彼女との恋の先に、どんな結末があり、どのように冷めていくかが何となく想像ができる。想像ができてしまうから、怖いのだ。未来が見えると、人は怯えてしまうのだ。
「若い子は元気で羨ましい。行動力も活力もあって、そして何をするときも、一生懸命で真っすぐだ」
「おじさんは?」
「俺かい? 俺はもうまともな活力もない。一生懸命になれる何かも、もう見つからない。人生このまま、何もないまま平凡に終わるのさ」
「そうかな? 初めて会ったとき、おじさんすごい積極的だったよ」
「そういうことを言うのはやめてくれ、恥ずかしくなるから」
確かに、あの日は俺から求めてしまったときもあった。急に現れた彼女に夢中になっていたかもしれない。でも、今は冷静な気持ちで彼女と向き合えている。改めて考えると、俺たちが一緒に裸で布団に入っていることは、やっぱりおかしい。
しばらく無言の時間が続いたが、腕枕して、と彼女が言うので、右手を彼女の頭の下にそっと忍ばせた。そのまま抱きしめるようにして、身を寄せ合う。
「俺は怖いんだ。もうこの年になって、もう一度別れを経験するのが」
「随分とネガティブで臆病なこと言うのね」
「年を重ねるとは、そういうことだ」
「やだね。それなら私、大人になりたくない」
俺は彼女の額に軽く唇と当てた。そうだ、君は子どもなんだ。身体はもう立派な大人かもしれない。それは俺も肌で感じた。君は美しい、色気もあって胸も十分に成長している。でも、まだ18歳なんだよ。
「いや、でも大人になりたい」
「……どうして?」
「そうしたら、おじさん戸惑わなくて済むでしょ?」
俺は彼女を腕の中から解放した。そして、背を向けるように左肩を下した。窓から入ってくる夜風が、広い背中を撫でるように通り過ぎる。冷たいと感じたのも束の間、すぐにその背中は暖かいもので包まれた。
彼女は小さい身体をできるだけ伸ばし、俺の背中に抱き着いた。背中に感じる乳房の柔らかさは、いつか見とれた彼女の美しいフォルムを思い出させた。
「どうして君は、18歳なんだ」
「ごめんね、おじさん」
「どうして君は、大人じゃないんだ」
「苦しまないで、私はおじさんを苦しませるために、会いに来てるわけじゃない」
「はるかは何も悪くないよ。俺が勝手に憶病になってるだけ」
そうだ、彼女は何も悪くない。彼女は若者らしく、素直にまっすぐな想いを俺に伝えてくれているだけ、何も悪くない。感謝しているし、素直に嬉しい。
――でも、その若者らしさが、逆に苦しいのだ。
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