第12話 ちいさなほのお
彼女は口の中のものを俺の腹の上に垂らした。人肌ほどにぬるいそれは、おへそのくぼみに小さく溜まった。
「もう出ちゃったの?」
俺は仰向けの上体で天井をただ見つめていた。だめと分かっていても、抵抗らしい抵抗もできず、拒むこともできず、ただされるがままにされた。大人の男として、本当に情けない。
「上手だった?」
「……うん、困るぐらいにね」
18歳の彼女が、これをどうやって覚えたのかを想像してしまった。決して、覚えたくて覚えたものではないと察したとき、心が痛んだ。
紙と紙がこすれる乾いた音、おそらくティッシュを取ったのだろう。お腹の上に溜まる罪悪感の塊を、彼女は丁寧に拭きとった。
「もう一回出せる?」
果てた後も、彼女はそれを握り上下に手を動かしていた。血の気が引く様子はまったくなく、それは固いまま手に包まれていた。俺は彼女の問いには答えなかったが、素直な身体の反応を彼女も素直に受け取った。
彼女は下着を脱ぎながら立ち上がり、俺の上に両膝を立てるように跨った。そしてそのまま、俺を中へと導いた。
「どうしたの、おじさん? 今日は大人しいね」
「どうしていいのか、わからないんだ」
「したいようにすればいいと思うよ」
下から見る彼女のフォルムはやはり美しい。嫌になるほど知った、と言うだけあって、彼女は男の身体の扱い方を知っている。いや、それだけではない。自分を美しく見せる方法も心得ている。彼女を見て、抱きたいと思わない男が、果たしてこの世に何人いるだろうか。
「このまま、抱いてもいいのだろうか、大人としてこれでいいのだろうか」
「大人とか、関係ないよ。おじさんの身体は素直に感じてる、私を求めてる。そして私も、あなたを求めてる」
「はるか……」
「抱いて―― 少しでも、抱きたいと思っているなら」
俺は上体を起こし、彼女とひとつになったまま対面し、座る。右手を使って彼女の腰を少し浮かせ、腰を打ち付ける。彼女の色気交じりの甲高い声が部屋に響いた。
「おじさん、気持ちいいよ」
彼女は続けて何かを喋ろうとしたが、唇を合わせてそれを遮った。身体の底から溢れてくる言葉にならないその声だけで、十分に君を堪能できる。余計なことは言わないでくれ、こっちまで余計なことを考えてしまいそうだ。
今は、彼女と身体を交える。重ねる。感じ合う。それ以外は、何も考えたくない。
俺はただひたすら、再び果てるその時まで、無心で深いところを突き続けた。
――恋愛関係だけが、愛の形じゃないと思うの。
狭い浴槽の中で、彼女はふと呟いた。
背中から抱きしめた彼女の髪に、頬を当てながら、どういう意味? と聞いた。
「お互いの辛いところ、痛いところを癒し合うことも、愛情だと思うの。そこに恋愛感情がなくても、相手が恋人でなくても、お互いを気遣い優しくし合うことも、私は ”愛” だと思う」
彼女は両手を伸ばし、水面をばしゃばしゃと叩きはじめた。しばらくすると、その手は止まった。そして、波打つ水面が落ち着くのを待って、彼女は話を続けた。
「だからね、おじさんがもし私のこと好きじゃなかったとしても、私とのセックスだけは否定してほしくないの。私はおじさんの優しさや温かさに、いつも救われている。おじさんとのセックスは私にとって特別なの。だから、否定だけはしないで」
「ふたりだけの、愛の形か……」
「そう、私たちだけの、癒し合い。おじさんが辛そうにしてると、私も辛くなっちゃう。だからあの日、あなたと一緒にぼろぼろになって傷を分け合ったの」
「大人として情けないけど、俺もはるかが好きだよ。否定なんかしないよ」
彼女は首をひねり、こちらを向いた。さっきまで髪の毛に触れていた頬に、彼女の口が触れた。
「情けないなんて言わないで、私も好きなんだから」
「君には幸せになって欲しい」
彼女を強く抱きしめた。そのとき、あごに彼女の額が当たった。それは異常なまでに熱く、汗ばんでいた。よく見ると顔も真っ赤になって、少しうつろな目をしている。
「暑い? のぼせたのかな」
「うん、そろそろ上がりたい」
彼女がそう言うので、抱きかかえるように彼女の身体を支え、浴槽から出た。俺はシャワーノズルを手にとり、青色の蛇口をひねった。
「何してるの?」
「湯船に長く浸かったあとに、手首と足首に冷水をかけると、いいらしいよ」
そう言うと、彼女は両手を揃えて伸ばし、足首の上にそっと出した。俺はそこに向かって冷水をかけると、冷たい、と子供のように騒ぐ声を上げた。
「貸して、おじさんには私がかけてあげる」
俺はノズルを彼女に渡した。彼女は無邪気な笑顔を作り、俺の顔めがけて冷水をかけてきた。
「ばか、やめろ!」
彼女はまるで悪戯好きの子供のように、楽しそうに笑った。それは、ただの子供そのものだった。――こんな子に、俺は今恋をしている。
俺は、蛇口を閉めた。冷水が止まると彼女は残念そうに口を尖らせた。肩を少し落とし、ため息をつきながら大人しくシャワーのノズルを返してきた。
「何するんだよ、ほんとに」
「つい、嬉しくなっちゃって」
「え?」
「私、両方が想い合ってするセックスをしたのが、初めてだったから」
彼女は涙を流していた。でも、その表情はどこか暖かかった。辛そうなものではなく、どちらかと言えば、ほっとしたような表情だった。
セックスは、愛し合ってするもの。そういう一般論のような考え方がある中で、彼女のように不本意に関係をもってしまう人も少ないだろう。特に彼女は若い。まだ一般的なセックスというものを経験したことがなかったのだろう。
俺は彼女を抱きしめた。火照った彼女の肌に触れたとき、身体に付着していた冷たい水滴は、一瞬にして蒸発した。唇を合わせ、舌を絡ませる。彼女の唇の弾力と舌の温度は、何度重ねても飽きやしない。できるなら、ずっとこうしていたい。
このときの抱擁は、俺の中にある感情に、小さな炎をともした。それは久しく深いところにしまっておいた愛情そのものだった。
――このまま、彼女を愛してもいいのだろうか。
本気になれば、もうおそらく戻れなくなる。そう思ったとき、急に不安になり、また俺を戸惑わせた。
でも、彼女を抱きしめる腕を解くことはできなかった。
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