第5話 アナタガマワル
「ばか、また汗かいたじゃん」
彼女に怒られた。行為を終えた彼女は、昨日とは違って、べたべたとする肌が接着することを嫌がった。扇風機の風量を最大にし、汗を乾かし、素早く下着を身に着けて、制服を着始めた。
何だか悲しくなった。そして、これはただの自己満足だったと反省した。可愛過ぎて、自分を止められなくて、そんな言い訳は通用しない。電車でタイプの女性に欲情して、我慢できずに痴漢する人とやっていることは同じだ。
いや、実際の行為をしている以上、痴漢よりも重いかもしれない。
「はるか?」
「何?」
「ホントにごめん」
「何で謝るの」
「いや、ちょっと自分勝手だったかと」
「嫌ならしてないよ、髪も触れさせない」
彼女はそう言って、部屋を出て行った。俺もすぐに追いかける。
彼女は、ゴミが落ちている廊下を慣れた足取りで器用に進んでいく。そして玄関で靴を履き始めた。
「帰るの?」
「うん」
「そっか」
「寂しい?」
「う、うん」
「正直でよろしい。また来てあげる」
「え?」
そう言って、彼女はスカートの中から何かを取り出した。どうやらキーケースのようだった。そして、ケースからは、金属がぶつかり合う音がした。よく見れば鍵は二つ付いていた。
「鍵?」
「そう、合い鍵いただいてますので」
「え、ちょっと」
「またねー」
彼女は勢いよく玄関の外へ飛び出していった。昨晩、勢いよく入って来たのと同じスピードで、今度は出ていった。
「いつのま間に」
合い鍵はそうそう見つかるところには置いていない。いつ見つけたんだ。俺が呑気に寝ている間に探したとしか思えないが、自分の部屋を物色されたと思うと気味が悪かった。
身体はいいモノだったが、内面はまだ知らない。髪を乾かしたら喋ると言った彼女の内面も、結局俺が欲情を抑えきれず、その機会を逃した。
それに関しては俺が悪い、悪かった。それは謝った。いや、そんなことはどうでもいい。
徐々に、パニックになっていくのが分かる。
――まさか
俺は慌てて財布を探した。そして家に置いてあるもので、思い当たる金目のものが全てあるか確認した。仮に今あったとしても、鍵を取られちゃ終わりだ。留守にすることすらもできない。
前の上司が言ってた言葉を思い出した。整理整頓は最大の盗難対策だと。
散らかっていると、荒らされたことも分からないし、無くなったものにも気づけない。だから、常に整理整頓はしておけ、社会人としての常識だと怒られたことがあった。
そのとき、なるほどとは思ったが、自分が盗難に合うことはないと思っていた。それが、家の鍵を盗まれるとは、しかもそれ以外に何を盗られているか分からない。
「掃除だ、掃除しなきゃ」
部屋も風呂場も彼女に散々汚いと言われた。実は少しへこんでいる。
彼女好みの部屋にするためにも掃除だ、断捨離だ。見てろよ、次来たら驚かせてやる。
ん? 来ない方がいいのか?
何を考えているか分からない危険な人間は、関わらない方がいいに決まっている。
でも・・・・・・もう一回ぐらい会いたいとも思う。
会いたいというか、やりたい。
――この正直ものが
俺は壁におでこを思いっ切り打ち付ける。少しは我に戻った気がした。正気を取り戻せ、いつからこんなひ弱な男になった。
廊下に落ちているゴミ袋を拾い上げ、掃除を始めた。とりあえず目に見えているゴミをかき集める。そして、洗濯ものは多すぎるため、コインランドリーに持っていくことにする。それと洗い物、それと水回り。
やることは多すぎるが、夜までには何とかなる気がした。死ぬ気で動け、ぼうっとしたら彼女のことを考えてしまう。またよからぬことを思い出し、心を乱される。
彼女はいい身体でいい匂いをしたJKではなく、いきなり家に押しかけては合い鍵を持ち去る泥棒猫だ。そう思いたい、そう思わなくてはならない。
困ったことに、俺の息子は彼女の中の感触をしっかりと覚えている。その生々しい感覚が、今そこにあるかのように思い出される。
また血が集まり始め、固くなる。
引きちぎってやろうかと思うぐらい、素直な自分の身体に呆れ苛立つ。
掃除だ、とにかく掃除。
――はるかのことは、もう忘れたい。
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