第4話 8月
目を覚ますと、一緒に居たはずの彼女の姿はなかった。上体を起こし、辺りを見渡すが彼女の姿は見えない。何の物音も声も聞こえない。
「はるか?」
俺の耳に入ってくる音はセミの鳴き声だけだった。
――夢?
俺も年を取ったものだ。
JKとやりたいと思うことが”おっさん”という定義はないが、少なくとも若い頃は思ってなかった。若い頃は、年の近い女子が周りに居たし、何なら一回り年上の女性が魅力的に見えるときの方が多かった。
今日、8月10日は母の命日だ。その前夜に何て卑猥な夢を見たことだろうか。母に笑われる。笑われるというか、呆れられる。
部屋がやけに涼しいと思ったら、クーラーがついていた。8月の朝は暑い。特に窓際に置いてあるベッドは、灼熱の太陽に照らされて朝になると体は汗だくになる。普段つけないが、クーラーは非常に快適なものだ。
ん? 普段はつけないが・・・・・・ 何でクーラーついてんだ。
――夢じゃない、彼女が、はるかは確かにここに居た?
ベッドの横にあるテーブルに視線を移すと、缶ビールが三本開けられていた。俺が普段一回で飲むのは二本までだ。はるかは昨日確かに来ていた。缶ビールを飲ませた記憶もある。
俺は慌てて玄関に向かった。
そこには小銭が散乱していた。間違いない。夢じゃない。
「おはよう」
玄関横の洗面所から声が聞こえた。
「はるか!?」
「ど、どうしたの慌てて」
洗面所に視線を向けると、濡れた髪を
体の秘所はバスタオルで覆われていたが、肩、二の腕、太ももと男がつい惹かれてしまう部分は、しっかりと露出されていた。洗面台の照明が反射するハリのある肌は、昨晩見た時よりも艶があり、つい触れてしまいそうなほどの色気を放っていた。
櫛の間を通る黒い髪は、櫛から離れた後、優雅になびきながら肩甲骨を覆うように下に垂れる。鏡に映る彼女の胸元はバスタオルで覆われていたが、それは少し隆起していて、谷間の入口が少し露わになっていた。
その入口の先を知っている俺は、昨日のことを思い出して、少し熱くなった。
「お風呂先に借りちゃった」
「お、おう」
「それと」
「何?」
「お風呂、めっちゃ汚かったよ。カビだらけだし」
「ごめんなさい」
今になって恥ずかしくなってきた。女を入れることを想定していないこの部屋に女子高生が居ることが未だに信じられない。それもそうだ、彼女がこの部屋に来た理由をまだ知らない。信じられないのも当然だ。
カビが繁殖し、髪の毛や陰毛が落ちた風呂場。髭剃りや、歯ブラシが不衛生な状態で置かれ、どう見ても安っぽいドライヤーがコンセントに刺さっている洗面台。洗い物が限界まで溜まった台所。空き缶やゴミを入れたビニール袋が直に置かれ、足の踏み場を探しながら進まなければならない廊下。
そして、洗濯が終わったのか、これからするのか分からない洋服が散らかった部屋。極めつけは、ベッドだ。年中湿ってそうなほど不衛生なシーツは、最後に交換したのはいつか覚えていない。
「おじさん、朝ご飯はいつも食べるの?」
「食べないよ、この部屋には食材がないからね」
「お腹空かないの?」
「エナジードリンクを飲めば、昼ぐらいまでなら大丈夫だよ」
「エナジードリンクって、男の人がセックスの前に飲むやつ?」
「何か違うな・・・・・・」
まぁいい、夢じゃなかったからいいや。
ん? いいのか? 良くはない気がする。彼女がこの部屋に来た理由を聞かないと。
「それよりさ、昨日聞けなかったんだけど」
「何?」
「どうして、死のうと思ってこの部屋に来たの?」
「・・・・・・」
彼女は黙ったまま髪をいじる。そして覗き込むように鏡に顔を寄せた。もちろん彼女が見ているのは、鏡ごしに移る俺の姿ではなくて、鏡に映る彼女自身の顔のどこかを覗き込んでいた。
「とりあえず、髪乾かしてからでいい?」
「うん、俺、乾かそうか」
「え?」
「髪長いと大変でしょ」
「うん、じゃぁお願いします――」
彼女は振り返り、少し恥ずかしそうにそう言った。
俺は洗面台のコンセントに刺さったドライヤーのコードを抜いて、はるかと一緒に部屋に向かった。部屋の座椅子に背を向かせ座らせて、後ろから温風を当てた。
「何か、変な感じ」
「はるかの髪、つやつやだね」
「昨日もよく触ってたもんね」
「ばれてたんだ」
急に恥ずかしくなった。自分の行動や感情は、彼女にはすべてお見通しのようだった。
家電量販店で一番安い値札が貼られていたドライヤーの風量では、彼女の長い髪に付いた水分はなかなか飛ばせない。途中から扇風機も追加して、彼女に当てる。
髪は一本一本は細く、柔らかくて癖もない。それが無数に重なり合うと光沢感を出した綺麗な黒い帯になる。
彼女は両ひざを軽く抱えて、特に喋ることもなく静かに座椅子に腰かけていた。その愛くるしい後ろ姿を眺めていると抱きしめたくなる。
彼女の頭を撫でながら、毛先の方に残る最後の湿気を飛ばすようにドライヤーの風を当てていると、髪に触れている方の腕を彼女に掴まれた。彼女はそのまま俺の腕を前方向に引っ張った。
俺は引っ張られるままに身体が前に動き、彼女の背中に寄りかかって止まった。自然と後ろから抱きしめる格好になる。ひょんな急接近に心拍数が上がり、思わず唾を飲んだ。
「おじさんに頭撫でられると、何だかどきどきしちゃう」
「どうしたの?」
そんなことされたら、おじさんも本気でどきどきしてしまう。あくまで平常心を装い、どうしたのと返したが、内心は悶絶寸前だ。
頬が彼女の髪の毛に触れた。さらさらとしていて、髪に湿気は感じられなかった。扇風機の風でなびく毛先が鼻にも触れ、昨日とは少し違ういい匂いがする。
心拍数が極限まで上がったとき、彼女は首をねじって俺を見上げた。今度は、彼女の額が頬に触れる。
――だめだ、可愛過ぎる。
俺は自分から唇を合わせた。そして、強引に舌を入れて絡みついた。
8月10日、母の命日でもあるこの日、どこの夏の魔物のせいだろうか、俺は一人の女子高生に堕ちた。
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