第3話 ハルカ
「おじさんはいつぶりだったの?」
「一年以上になるかな」
「え、もうそれ童貞と一緒だよ」
「余計なお世話だよ」
彼女は俺の腕枕の中で笑った。俺はそんな彼女の頭を手のひらでくしゃくしゃにしながら抱きしめた。
8月の夜。シングルのベッド上で、夜風と扇風機の風を浴びながらお互いの火照った身体を冷ます。お互いの肌が触れ合う個所は汗ばんでいて、いつまで経ってもべたべたとしたままだ。
でも、決して不快な感覚ではなくて、むしろ愛おしい。お互いがそう思っている。足を絡めて、お互いの心地よい触れる個所を探しているのが、その証拠だ。
「今は死にたいとは思わないよ」
「そうか、それはよかった」
「おじさんは今何を思ってるの?」
「おっさんの心境なんか聞いてどうする」
確かに、と少し笑いながら彼女は言葉をもらした。
俺が彼女を抱きしめる力を強めると、彼女も、俺の腰に回した腕に少し力を入れてくる。抱擁と接吻を繰り返し、言葉のない会話をしばらく楽しんだ。
冷ましていたはずの身体がまた汗ばんでくる。唇が離れたタイミングで俺は彼女に問いかけた。
「一つ聞いてもいい?」
「何?」
「名前を聞いてもいいかな」
「はるか、本田はるか」
「はるか、漢字は?」
「ひらがなだよ」
――どうしてこの部屋に来たの?
名前は聞けたが、一番知りたい問いは言い出せない。
俺が言葉を詰まっらせていると、今度は彼女から問いかけてきた。
「ねぇおじさん」
「何?」
「寝てもいい?」
「どうぞ、暑くない?」
「暑い」
「クーラーつけようか」
女子高生に限らず、若い子は怖い。気持ちや気分はすぐに変わる。ついさっきまで、唇を合わせ冷めかけていた身体を温め直したと思えば、寝たいとくる。
俺の再び火照り出したこの感情はどうすればいいのだ。
一度ベッドから体を起こし、壁に掛かっているリモコンを取り、スイッチを入れた。そう言えば、半年以上つけていない。
「ごめん、久しぶりにスイッチを入れたから、少し埃っぽいかも」
「大丈夫、寝たらわからない」
「そっか」
水が飲みたくなったため、起き上がったついでに一旦冷蔵庫がある台所へ向かった。
冷蔵庫には500mlの水が入ったペットボトルが2本あった。缶ビールとエナジードリンクが冷蔵庫の一段を埋め尽くしている。その中のペットボトルを1本取り、部屋に戻ると、ベッドから彼女の声が聞こえた。
「おじさんどこ行ったの――」
「ここに居るよ」
ペットボトルの水を一口含める。喉から入る冷水は、一気に自分の身体を冷ます。美味しい、夏に飲む水はこんなにも美味しいのかと少し感動した。
「眠たい・・・・・・」
「先に寝てていいよ、俺はシャワー浴びてくるよ」
「腕枕は?」
――悶絶
そんなことを女子高生に言われて、正気を保てる男がいるだろうか。
火照る思いは冷水では鎮めることはできず、瞬く間に体がまた熱くなってくる。
シャワーに行くのをやめ、ベッドに戻り彼女にもう一度触れた。腕を伸ばすとその中に転がり込んで来た。先ほどと同様に足を絡めてくるこの小さな体が愛おしくてたまらない。
「今は俺が死にそうだよ」
「ん?」
彼女は眠たそうに相槌を打った。もしかしたら、今の俺の声は届いていないかもしれない。
「眠たい?」
「おじさんは、眠たくないの?」
「眠れない」
「どうして?」
「もう一回、――抱いてもいいかな」
彼女は消えそうな声で、「うん」と言った。いや、もしかしたら言ってないかもしれない。俺がそう聞こえたと思いたいだけかもしれない。でも、彼女は抵抗してこない、それだけで”Yes”の代わりになる。
俺はもう今日死んでもいい、そう思った。35歳の独身にして最後の楽園だと思う。
死のうと思った女子高生と今死んでもいいと思っているサラリーマン、2回戦では足りないかもしれない。身も心も燃やし尽くしたい、そんな感情が俺の身体を突き動かせた。
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