第12話 餓鬼道への入り口

wiil 第2部 餓鬼道への入り口




男が私のアナルに指を押し込んだ時、ザラリとした違和感を感じた。


随分と指先の荒れた男だ…どんな職業なんだろう。


一瞬の不快感の後、私はそんな事を思いながら20,000円と言うはした金で売った、この男が90分間私の身体を自由にできる権利が消滅するのを食いしばりながら耐えた。


男が下卑た音を立てながら、私の男の部分を口いっぱいに含んでいる。


私の敏感な部分は、男の口から溢れ出す唾液によってアナルのその裏側までベトベトに濡れていた。


アリノトワタリ…そう呼ばれる裏筋に男が舌先を這わせた時、今まで経験したことのない壮絶な快感が私の身体を突き抜けた。


いつもなら…いくら金で売った時間であったとしても、プレイが終わるまで私の男の部分は隆起したままだと言うのに、今まで味わったことのないほどの快感の中で、私の私は無惨にも力を失っていた。


「お前、チンポからなに出してんだ」


下卑た笑いを更に下品に歪ませ男は口を開いて見せた。


男の口の中に、私の体から排出された白濁した液体が吸い取られていた。


射精していた。


なのに…私は体の奥深くから湧き上がる性欲が抑えきれない。


男が喉を鳴らして私の精液を飲み込んだ時、私はその男の髪を鷲掴みにし、未だ精液を垂れ流す縮こまった私の逸物を男の口の中にねじ込んだ。


男が力強く吸い込み、口の中で忙しく舌を動かした。


快感が全身を貫き、私は甲高い喘ぎ声をたてた。


「この好きものが」


男が歓喜を込めた罵声を私に浴びせた。


「イヤ…」


首を振りながら強く否定して見せるが、私の身体は更なる快感を求め、男の口の奥深くへと腰を叩きつけ、失った隆起を少しずつ取り戻していった。


再び激しい快感が訪れ、私ははっきりとオルガズムを感じながら男の口の中に自分の意思で精液を吐き出した。


ズズズと響くほどの大きな音を立て、男はその精液を最後の一滴まで吸い取り、舌なめずりをしながらごくりと飲み込んだ。


射精したとたん私は急速に自分を取り戻し、何が起きたのかを理解し始めていた。


「ちょっと、あんた私の体に何をしたの?」


男の体を引きはがしながら、私は叫ぶ様に抗議の言葉を口にした。


「ゲヒヒ…」


と聞こえる様な、およそ品のない笑いを浮かべ男が言った。


「初めてやった訳じゃねぇんだろ」


「なにがよ」


「これさ」


男が言って枕の下から取り出したのは、小さなチャクック付きビニール袋に入った細かな結晶だった。


恐らくそうだろう…そう思いながらも、私は息の止まるほどの驚きで自分の胸を押さえた。


押し寄せる恐怖で動悸と耳鳴りが止まらない。


「警察に電話するわ」


素早くベッドを離れ、私はスマートフォンを手に持った。


カメラのフラッシュをたいたように、目の前が明るくなった。


意識が飛んだ。


殴られたとわかった。


「このおかま野郎が」


男はそう叫びながら私を組み敷いた。


私はこれ以上の暴力を受け入れることが出来ず、男に顔を背けこの現状に対する不満を表した。


「払った金の分だけは仕事をさせてやる」


男は再び下卑た笑いを浮かべ、まだうっすらと私の精液の匂いが残る口を私の口に押し付け、無理矢理ザラリとした舌を差し込んできた。


吐き気がした。


組み敷かれた身体を解放しようと僅かな抵抗を見せたが、男は私の上から離れる意思は無いらしい。


私の身体を組み敷いたまま手を伸ばし、男は手提げ鞄を引き寄せた。


初めから用意してあったのか、鞄の中から取り出したのは液体の入った注射器…。


その液体が覚醒剤の水溶液である事は疑いがない。


打たれる…恐怖で私は全身に強く力を込めた。


しかし男は自分の腕にその注射器を突きたて、その液体を自分の身体に押し込んだ。


だらしなく垂れ下がっていた薄汚い男の逸物に力が漲って行く。


ラブホテルの狭い部屋の空気をすべて吸い取った様な大きなブレスをついた後「俺を気持ちよくしろ」そう言ってその逸物を私の口の中に押し込んだ。


噛み切ってやろう…思ったが出来なかった。


込み上げる吐き気を飲み込みながら、私は男のされるがままになっていた。


「舌を使うんだよ!」


男はそう言って私の顔を平手で殴った。


目の前がまた光った。


この地獄がいつまで続くのか…私はえずきながら涙を流すしかなかった。


このまま…男が己が性欲を解放し、ただ精液を出し切ってくれれば…私はまだ私を保ったまま生きていけたのかも知れない。


でも…男はそうはしなかった。


私がえずくたび男は興奮を増し、私の喉の奥深くへと腰を叩きつけた。


そして…薬物によって敏感になった私の先端を弄んだ。


私は自分の意志とは関係なく、ため息に似たよがり声を上げていた。


「ケツに入れてやろうか」


男の言う意味が理解できなかった。


薬物なのか…それとも、この薄汚い逸物なのか…。


どちらも嫌だった。


でも、どちらも欲しいと思う私もそこにいた。


私は男の逸物を吐き出し、力無く首を振った。


「本当に要らないのか」


どうしてこの男はこんなにも下品なんだろう…そんな囁きを耳元で呟く。


「初めてだからわからない」


私の言葉に男は一瞬の驚きを見せ、間髪入れずに歓喜の笑みをこぼした。


「初めて?そりゃ気持ち良くてたまんねぇなぁ」


男はようやく私の口から逸物を抜き取り、再び私の股間に顔を埋めた。


えびぞるほどの快感で、私は大きな喘ぎ声をあげた。


無意識に男の頭を押さえ、膨らみ始めた私のペニスを男の喉の奥へ差し込んだ。


男の舌がまた忙しく動き出した。


私が隆起を取り戻したのを確かめ、男は私の股間から顔を離し、今度は力強くしごきはじめた。


「注射でやってみるか?」


男が言った。


「怖い…」


私は言った。


「一回なら大丈夫さ」


男の声に優しさが加わった。


もう暴力は振るわない…その意思表示が私に伝わった。




私のマンションで龍也が暴れた日、私は初めて龍也と性の交換をした。


事実上の恋人…その日から、そう言ってもいい関係になった。


そして、龍也は覚醒剤を売る事をやめた。


同時に収入も無くなり、私は貯金を切り崩し龍也のヤクザとしてのギリと遊興費を捻出していた。


それもすぐに底をつき、私が身体を売るまでに時間はあまり掛からなかった。


マッチングサイトで相手を探し、興味本位におかまを抱きたがる変態男を相手に春を売っていた。


初めての売春から半年…いつかはこんな日が来るかもしれない…とは思っていたが、同意さえ得ないままいきなり肛門に覚醒剤を入れられるとは夢にも思っていなかった。


管理する売春業者を通さず、フリーランスで春を売る危険性を甘く見ていたわけでは無い。


ただ…私はおかま…ニューハーフ。


中出しされたところで妊娠するわけでも無い。


すべてのニューハーフがそうだとは言わないが、私は女の心を持ちながら、性に対する考え方が少しだけ寛容なのかもしれない。


管理されながら稼いだ金の半分を取られるくらいなら、フリーランスで客が払う金の全てを自分のものにしたかった。


その考え方がどれだけ危険だったのかを、初めて知る事になった。


そして私は、今日この日を永遠に後悔する…そんな一日となる事を、まだ知らなかった…。


龍也は覚醒剤を売る事をやめた…確かにやめたが、自分で使う事をやめた訳ではなかった。


私を抱く前…龍也は必ず薬を使った。


やめて欲しい…そう思いながら、自分で使ってみたいと言う思いも何処かにあった。


その思いを龍也に伝えた事もある。


しかし、龍也は私にはその結晶を見せる事さえしなかった。


それでも、龍也がヤクザとして出世街道を駆け登ってくれるなら、私はどんな事にも耐える事が出来たかも知れない。


でも今の龍也は…どこまで真剣にヤクザをまっとうしているのかもよく分からない。


いつも慄然として親分のそばについていたと言うのに、近頃では一日中部屋から出ない日もあった。


辻褄の合わない小さな嘘から、喧嘩になる事も少なくは無かった。


夜の世界ではまだ駆け出しと言ってもいい私の耳にさえ、龍也の陰口が聞こえることも有った。


そんな時は、身を震わせながら奥歯を噛み締めた。


落ち目と噂される龍也の女が、股間に竿を隠したオカマと知られれば、人の噂に尾ひれはひれがつき笑いものにされないとも限らない。


「人の男の悪口を…」


ひと唸り出来ない悔しさが、私をまた惨めにした。


売り出し中…この新宿で誰もがそう形容した龍也はもういない…。


たった半年で…そう…この僅かな時間で、龍也は腑抜けた薬物中毒者と成り下がった。


それは私のせいかも知れない。


言われるがままに金を渡した。


未完成な女…そんな私が龍也をつなぎ止める唯一の方法は、龍也のために金を生み出す事…。


私がどこでどうやって金を作ってるかなんて、龍也だってとうに気が付いているはずだった。


龍也に愛されている…そんな自信などどこにも無い。


銀幕のスターのように憧れ続けた「トラッドライダース」のリーダー、相沢龍也はもうどこにも居なかった。


それでも…私は一筋に龍也だけを愛していた。


どんな男に抱かれようと、どれだけ優しい男に包まれようと…私は龍也以外を男として見ることはなかった。


ただ…口に出来ない不満と言う芽が双葉となり、私の中で日々膨らみ茎となり蕾を実らせていた。


だからと言って、あの日あの時…私があの薄汚い変態男と覚醒剤を使った事に、龍也は1ミリだって関係はない。


私がそれを選択し、実行しただけだ。


もし龍也が覚醒剤をやっていなかったら…私は覚醒剤なんて悪魔の薬を生涯知ることはなかったのだろうか…。


多分それも違う。


この新宿2丁目と言う生馬の目を抜く餓鬼道に舞い降りた時から、私の生きる道は決まっていてのかも知れない。


自分の弱さも知らずこの街に夢を託した私の愚かさに、神が下した天罰…。


そう、私は下卑た男に誘われるまま痩せ細った華奢な腕を差し出した。


初めて悪魔の薬が私の血管を駆け巡った時…焼け付くような痛みを感じた。


一瞬のタイムラグ…そして快感…薄汚い男の口の中で、私は再び快楽と言う名の精液を吐き出した。



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