第101話「なんでこんなに可愛いのっ」

「充電です」

「そういえば本題はそれだったか」


 頬をすりすりしてくる紗衣ちゃんを押しのける。

 明はなにをして――コップ傾けてるっ。

 こ、こいつ! ただじゃおかねぇ……。


 ――新川家から出られたのは日が傾いた頃だった。

 ちなみに、自力で紗衣ちゃんを引き剥がして脱出。

 明には、この代償を払ってもらう。

 自宅に戻ると、まだ美沙がいた。


「あ、おかえり」

「マジでいると思わなかった」

「なにもしてないよ」


 まだなにも聞いてないし。もうここは触れないでおくか。

 部屋に入ると、美沙が鼻をクンクンしだした。


「犬の真似?」

「違うから。凪の臭いじゃない臭い」

「え、犬レベルの嗅覚してんの?」


 女子ってなんで分かるんだろうね。女子のことを例えるのは猫なのに。


「紗衣ちゃんとイチャイチャしたの?」

「しねぇよっ。ハグされたけど」

「やっぱりイチャイチャしてるじゃん」

「だから違うって」


 信じてくれないので、さっきの出来事を包み隠さず美沙に話してやった。


「分かりたくないけど分かるかもしれない」

「マジか」

「マジです」


 オッケー分かった。美沙と紗衣ちゃんは似た者同士だ。

 どうしてハグすることが充電になるんだよ。



 ☆ ☆ ☆



 楽しみにしてないと言ったらウソになる修学旅行当日。

 この間美沙が準備してくれたが、変なものを入れてないかと不安になり、バックのチャックを開け確認している。

 なにもしないわけない。絶対なにか仕掛けたはずだ。


「……ん〜」


 おかしい。バックの上の方には無かった。

 奥に仕込んだか? ……ん? 美沙の臭い。

 服に美沙の臭いがついちゃったかな。


「あ〜。せっかくちゃんと入れたのに」

「っ!? びっくりした」


 さっきのタイミングで横を向いていたらぶつかってしまっていたくらい近くに美沙の横顔。

 俺が出した服をきちんと畳んでバックに戻す。

 お前はオカンか。


「いつものことじゃん」

「急にいたら誰だってびっくりするって」

「ところで、なんで漁ってたの?」

「いやまぁ、あれだよ」

「どれだよ」


 ここは、正直になにか仕込まれたと疑ってたと言うべきか。

 それともなんか落として探してたと言うべきか。


「……」


 答えに迷っていたら美沙が薄く笑みを浮かべだした。

 見透かされたかもしれない。


「私がなにかバックに仕掛けたと思った?」

「……っ……」


「分かりやすいね。大丈夫、なにも入れてないから」

「怪しい……」


 入れるところを見てない以上不安でしかない。

 疑いの眼差しを向けると、美沙はわざとらしくシクシクと言い出した。


「悲しいよ。あ〜、悲しい」

「そろそろ行くか」

「え、あ、もうそんな時間」


 目元にやっていた手を下ろし、ケロッと歩き出す。


 怖っ。女優顔負けな切り替えぶりよ。

 階下に向かうと、母がニヤニヤしていたが、スルーしてチャリを走らせる。

 せっかくの修学旅行が自宅とか最悪だからな。


「良かったの、シカトしちゃって」

「シカトしないと俺らだけ地元で修学することになるぞ」

「それは嫌だ。ごめんなさいおばさん」


「気にしなさんな」

「ところで、いくら持ってきた?」


 気にしてないのかいっ。

 一応少額で言っておこう。あてにされても困るし。

 小さなウソをつきつつ美沙と共に学校の門をくぐる。

 みんな荷物が大きい。


「ずいぶん重役出勤だな」

「色々あったんだよ」

「……なるほど」


 横にいた美沙に目を配ると、明が一人頷いた。

 ……ちょっとこっちの意に反した想像を巡らせてるな。

 ニヤケつつ取り繕うとしている。

 朝からなんて勘違いをするの、この子は。


「明が思ってることではないからな」

「へぇー、そーなんだ」


 アホみたいな顔をして明が呟いた。

 やり場のない怒りに悶える。


「……おはよう……」

「あ、おはよう。高林さん」


 あーもう。なんでこんなに可愛いのっ。

 可愛くも無表情な高林さんが美沙の隣に並ぶ。

 こっそりどこかの事務所に履歴書送っちゃおうかな。


「おはよう」

「おっす」

「はい、注目っ」


 遠方で先生が大きく手を振る。

 危ない危ない。母のニヤニヤを拾っていたらマジで地元で修学するところだった。


 先生の案内により、バスに乗り込む。

 少し早めに入れただけあって好きな席につくことができた。

 バスは窓際だよね。


「あ、まだ花咲君の隣空いてる。いい?」

「いいぞ」


 ダメとは言えないって分かって言ってるようで分かって言ってないんだよな、美野里さんは。

 この気持ちを悟られないようにいつも通りを装う。


「もし吐いちゃったらごめんね」

「ビニール袋持ってた方がいいぞ」


 余っていた袋を渡す。

 本当にダメだったら席を代わってやろう。

 外の空気を吸うといいらしいし。


「あ、新幹線の座席表見た?」

「え、見てないけど」


 せっかくの俺の厚意を拒否されてしまった。

 美野里さんのジョークらしい。


「さっき配られてたよ?」

「もらってない」


「ありゃ。はい、これがそう」

「サンキュ」


 美野里さんから表を受け取る。

 配られなかったってことは、本当にギリギリだったようだ。


 表に目を落とす。……お、おう。

 新幹線の座席って早々知り合いで固まっていることってあるのか?

 なんか力が働いてるとしか思えない。


「新幹線でもよろしくね」

「あぁ、よろしくな」


 みんなと仲良くできるかな。

 いやまぁ、美野里さんのことだから心配しなくて大丈夫だろうけど。

 何回か会ったことあるし。


 ――酔うと申告していた美野里さんだったが、東京駅に着くまでの間寝ていたので貰い吐きをせずに済んだ。

 バスを降り、新幹線乗り場。俺としては緊張の一瞬である。


「私新川君の隣……」

「まるで嫌みたいな言い方っ」

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