第100話「兄の気持ちを擬似体験」

 日曜日。バイトも休みで、絶賛暇を持て余し中。

 まぁ、休むための休日だから何もしないのは間違ったことではないんだけど。


 それだとなんかもったいないんだよね。

 あー、誰かからメッセ来ないかな。

 ピポン。お、来た。


「……なんだセールスか」

「セールスってこういうときに限って来るよね」

「ホント見えてんのかと思……」


 声のしたところを見たら美沙が隣に座っていた。

 あまりに自然すぎて普通に受け答えをしそうになったよ。


「あ、お邪魔してます」

「もっと音を立てて入ってきてくれ」

「ノックは?」


「いや、言われなくてもしてください」

「……ところでさ」


 ピシッと挙手をしてみせ、美沙は続ける。

 スルーですか。


「修学旅行の準備ってした?」


 そういえば修学旅行近いんだっけ。

 美沙のやつ俺が準備してないと思ってここに来てるな。

 実際してないけど。


「いや、まったく」

「一緒に準備しない? 忘れ物しちゃいけないし」

「どうやって美沙の着替えバックに入れるんだよ。ここ俺の部屋だぞ」

「大丈夫。私は終わってるから」


 え? 一緒に準備するって言いませんでしたっけ?


「ちゃんと着替えは畳んで持っていかないとあとで大変だからね」

「分かった」

「……」


 やりづらいっ。めちゃくちゃ見てくるんですけど。

 緊張して手がおぼつかなくなってしまう。


「あ、あれ? ……」

「やってあげる。これは……う〜ん。あ、こっちも」


 まるで自分のを選ぶかのように服をバックに入れていく。

 ちょっと美沙の彼氏が羨ましいかもしれない。

 〜♪ ん? 電話だ。スマホを見ると、紗衣ちゃんからだった。


「もしもし」

『あ、ウチに来てください』


「断る」

『充電したいんです』

「すればいいじゃん」

『スマホのじゃないですっ』


 チッ。折れないか。どうにかして諦めてもらわないと。

 美沙が家にいる以上新川宅には行きたくない。


「行ってきなよ」(口パク)

「……」


 首を横に振る。

 男子高校生には、バレたくないものがあるのですよ。

 女子にはないのかな……?

 こういうとき兄弟(妹)がいれば見張っててもらえるのに。


『お願いしますよ』

「はぁ……。分かったよ、今から行く」

『ありがとうございますっ』

「じゃあな」


 通話終了をタップし、スマホから目を離す。

 さて、美沙をどうするか。


「心配しないで。なにもしないから」


 不安が顔に出てしまっていたらしい。

 美沙は、俺のバックのチャックを締めながら微笑みを浮かべてくる。

 心配でしかねぇ。だって、幼なじみ系の代物があるんだもん。


 それだけはバレたくない。

 こんなことになるなら鍵つきの棚でも買っておくべきだった。

 ……。はぁ。腹をくくるか。

 たまたま買ったらその要素が入ってたとかなんとか言えば大丈夫だろう。


「お言葉に甘えて行ってくる」

「行ってらっしゃい」


 手を振り笑顔で見送ってくる美沙。

 あの笑顔はなにかしでかす顔だね。

 してなかったら雪でも降っちゃうかもしれない。

 家を後にし新川家。メッセで明を呼び、建物内に入る。


「ホントに来てくれると思いませんでした」

「やっぱり帰ろうかな」

「え、なんでですか!?」ガシッ。


 踵を返そうとした俺の裾を掴み、阻止してきた。

 めちゃくちゃ力強いんですけど! 首がグワってなったわっ。


「冗談だよ」

「……もう」

「大丈夫か?」

「痛くなったら明に慰謝料請求するから」

「ご、ごめんなさい」


 項垂れて謝罪してくる。

 紗衣ちゃんの謝罪を受け止め、紗衣ちゃんに部屋に案内してもらった。


「まずマッサージします」

「マッサージ?」

「肩を揉みます」

「お、助かる。凝ってたんだよ」


 一瞬いけないマッサージをしてくるかと思った。

 親友の妹を警察に突き出さなきゃいけないなんて嫌だ。

 一人焦っていたのは悟られていないはず。


「じゃあ、揉みますね」

「オッケー」


 後ろに回った紗衣ちゃん。

 ほんのりフローラルの香りが鼻孔をくすぐる。

 好きな相手だったらムラムラしてたところだ。


 紗衣ちゃんは、はれものを触るかのように俺の肩を揉みだした。

 全然気持ちよくない。


「どうですか?」

「もう少し強く揉んでも大丈夫」

「分かりました」

「お、いい感じ」


 ウソである。本当は絶妙にちょうどいい強さからズレてるだよな。

 でも、早く帰りたいから我慢しておく。


「失礼しますよ」


 兄の気持ちを擬似体験していたら明が自分の部屋に入るみたいに侵入してきた。

 手には湯気の立つお盆を持っている。


「お前女子の部屋にノック無しで入るってヤバいだろ」

「頼まれたんだよ!」


 声を大にして反論してきた。両手塞がってるのにどうやってドア開けたんだよ。

 美味そうな臭いをまき散らしながら明がテーブルにお盆を置いた。

 甘じょっぱそうな香り。肉じゃがか?


「明が作ったのか?」

「そんなわけ無いだろ。紗衣が作ったんだよ」

「口に合うか分かりませんけど」


 俺の胃袋をキャッチしようとしてるようだが、もうすでに高林さんに掴まれている。

 箸を取り一口。お、じゃがいもがホクホクだ。


「ど、どうですか?」

「美味いぞ」

「ありがとうございます」

「こちらこそだよ」

「……」


 食リポする人にはなりたくないっ。

 見られながら食べるって良いもんじゃないわ。

 明に目配せをしたが、あからさまに逸らされてしまった。


 へぇ〜、そういうことするんだ。

 彼女にないこと吹き込んでやろうかな。

 ムギュ。ちょっ!?


「紗衣ちゃんっ」


 隣にいた紗衣ちゃんが抱きついてきた。

 柔らかくていい匂い。完全に油断してた。

 押してダメなら引けばいいのに。

 される側の俺が思うのも変だけど。

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