第96話「この恨み忘れまい!」

「んで、なんでいるんだ?」

「特に意味はない」

「野暮な質問かもだが、彼氏は?」

「バイト中です」

「夕飯にしますか」


 もうとやかく言うのがめんどくさい。

 美沙に背中を見せ、部屋を出ようとしたら、「あっ、ちょっと待って」と呼び止められた。


「デリバる?」

「……はい?」

「デリバリーしない?」

「あぁ、出前か」


 みんながみんな分かると思わないでほしい。

 でも、案は魅力的である。普段食えないの食いたいよね。

 振り返り美沙に向き直る。


「なににする?」

「ピザとか良いんじゃね?」

「え〜ピザ」

「なんだお前」


 美沙が操作するスマホを見つつ美沙の隣に座った。

 やっぱりこの距離感っていいわ。


 ――昨日は終始じゃれて過ごし、今日はいよいよ当日。

 廊下で待っていた美野里さんが中に入るよう誘導してきた。

 まだ装備してないんですけど。


「あ、おはよう花咲君」

「おはよう」

「私達前半みたいだよ」

「オッケー」

「いっぱい驚かそうね」


 一体なんのために教室に入れさせたのか謎である。

 オバケの衣装に着替え、程なくして文化祭が始まった。

 待ってるときのオバケ役の人ってこんな感じか。


「なんか本格的だな」

「うん……」


 やっと来た。もう一人も来ないのかと思うくらい待った気がする。


「平気平気」

「あ”ぁ”……!」

「んぎゃー!!」

「え、ちょっと!」


 俺が驚かせた瞬間男の客が逃げていった。

 平気と言っていたのは強がりだったらしい。

 一緒に来た女性客が走っていった男性客を手探りで追う。

 ヘタレだな。


「お、可愛いなこのオバケ」

「懐かしいな」

「懐かしいって言ったって去年のことでしょ」

「まぁそうだけど」


 回顧している次に来た客が離れていく。

 次こそは仕事をしなきゃ。

 そこへ子連れ。よし、少し優しめに。


「あ”ぁ”ー……」

「ぅ……うぁーん……」


 しまったと思う。やりすぎてしまったらしい。


「ご、ごめんな……」

「しゃ、喋った……」

「怖いけど、ここのオバケは怖くないよ」

「うん、確かに」


 小児の親が俺の言葉に納得する。

 お願いだからあやしてくれ。


「お母さんもこう言ってるから、ね?」

「う、うん」

「ありがとうございました。頑張ってください」


 ねぎらいの言葉をかけられ、泣きそうになるのをこらえる。

 頑張ってはいるんですけどね。


「ありがとうございます」


 去っていく親子と入れ替わりにいつもの面々がやってきた。

 見られてたよな、今の。


「あ”ぁ”……」

「どんまい」


 なぐさめなんてやめろっ。泣けてくる。

 あ、暗いから泣いても分からないか。


「凪君と二人きりじゃないと怖い……」

「意味分からないから」


 ホント意味分からない。

 美沙が紗衣氏の服を引っ張り静止する。

 うっすら舌打ちをし、離れていく紗衣ちゃん。


「……本格的……」

「やっぱりそうか? 可愛いって言われてたけど」

「……分かる……」

「暗いのに可愛いのか」

「……うっすら見える……」

「あ〜……」

「……う、後ろつっかえてきました。行きますよ先輩」

「……うん……」


 もっと高林さんと話したかったな……。

 紗衣氏め。この恨み忘れまい!

 ――当番が終わり自由時間。美野里さんが近寄ってきた。


「一緒に見よ」

「友達と見なくていいのか?」

「大丈夫。仲良いから」


 え、仲良いから一緒に見に行くんじゃないの?

 もしかして美野里さん友達少ないかも。


「まぁ、いいか」

「本人が良いって言ってるから良いんだよ」

「ちなみに言っておくが、俺の知り合い以外で頼む」

「え〜。小堀さんのところ美味しそうだったのに」

「お願いしますよ」

「今日だけだからね?」

「助かる」


 二人で見て周るのが分かったらめんどくさいことになりかねない。

 そうならないためなら謝罪も辞さない。


「どこから見て周ろうか」

「まず腹減ったし飯系行こうぜ」

「うん! じゃあ、ここ行こう」


 そう言って指差すは美沙達のクラス。


「……美野里さん?」

「冗談だよ。目が怖いって」

「じゃあ、どこ行く?」


 誰が怖くさせたんだよ、誰が。

 パンフを広げ、美野里さんに選択権を渡す。


「三年生フロア……あった」

「知り合いでもいるのか?」

「うぅん、パンフもらったときから目つけてたの」

「へぇー」

「お好み焼き屋さん」

「行きましょう!」


 時間は有限ですから。決まったら即行動。

 三年のフロアに行き、該当クラスに到着後スタンダードなお好み焼きを注文した。


「美味しそうだね」

「半分やってから鉄板来るの斬新だわ」

「回転を早くしたいんじゃない?」

「あ〜納得。おし、食うか」

「うん。はい、お箸」

「サンキュ」


 冷凍かと思ったけど、ちゃんと粉から混ぜている。

 キャベツがシャキシャキ。


「そういえばさ、花咲君って本当に一人っ子?」

「前にも言ったけど、一人っ子だよ」

「やっぱりそうだよね」

「なんで?」

「さっきの子あやしてたとき目線合わせてたから」

「あぁやった方が恐怖心和らぐって聞いたことあったから」

「へぇ〜、そうなんだ」


 初めて知ったようで美野里さんが目を丸くした。

 と、口の端にソースがついている。


「ソースついてる」


 指摘しないで後でバレるとめんどくさそうだから自分の口の端を指差す。


「え、……ほれた?」

「う、うん、取れた」

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