第95話「状況が飲み込めないんですけど!」

「前日祭六時間目にやるみたいだから飲み物飲も」

「オッケー。ちょうど喉乾いてた」


 移動して階下の自販機。

 時間が時間だけあって周りに誰もいない。


「なに飲む?」

「自分の物は自分で買うよ」

「律儀だね」

「貸しは作らないタイプだから」


 美野里さんは奢ったんだからなんかしてよと言うタイプじゃないと思うけど。

 もしそうだったら困るから。


「了解です」

「先に選んでくれ」

「迷ってるの?」

「後悔したくないから」

「じゃあ、騙されたと思ってこれを飲んでみそ」


 俺の手から100円をひったくってお茶の炭酸を選択した。

 がちゃこんと缶が落ちてきて、美野里さんはそれを俺に渡してくる。


「美野里さーん!」

「大丈夫大丈夫。それ飲んで」

「……ンク」


 意外と美味かった。

 ちゃんと炭酸で販売する用に甘さをプラスしている。

 飲まずに評価するのは良くないな。


「美味しいでしょ?」

「なんかすみませんでした」

「分かってくれればいいのさ」

「しばらくこれ飲むわ」

「ようこそ」


 カンッと缶同士を合わせ乾杯した。


 ――前日祭の時間になった。

 クラスごとの観覧ということで美野里さんと並んで座る。


「ステージから遠くもなく近くもないところで良かったね」

「ニ年って真ん中だからな」

「そうだね」


 高林さんと観たかったのが伝わってしまったか美野里さんは単調な返しをしてきた。

 いけないいけない。今の変な相づちだったもんな。

 気をつけないと。バツンっ!


「へっ、なにっ」

「びっくりしたな」

「暗い……」


 突如体育館が暗闇になった。

 美野里さんと同様に周りの女子達も暗くなったことへそれぞれ感想を口にしている。

 有志発表が始まったらしい。


『中々にあなたも悪いことをしますな』


 美野里さんに耳打ちし、動揺を緩和させる。

 いい匂いがして一瞬頭がクラっときたが気のせいにしておこう。


『まぁ、こんなもんですよ』


 ステージ袖からスポットライトに照らされ、生徒二名が真ん中のテーブルを囲む。

 いつの間にそんなもん用意したんだ。

 随分ステレス性能の高い黒子さんがいるらしい。


『してボス。次は――『手を挙げろっ』


 うおっ! 今度は後ろから声。

 振り向くと、やはりスポットライトに照らされた生徒がエアガンを構えていた。

 向き直って美野里さんのいるところに口を開く。


(よくエアガン許可出たな)

(そうだね。本物だったりして)

(美野里さん、それはない)

(ですよね~)

『……はい、侵入者です』


 小声でやり取りしてる間にストーリー? が進行し、一人がスマホでなりやら呟く。


『誰に向かって言ってるのかって話ですよ』

『あなた方に逮捕状が出ています』

『バカも休み休み言いなさいっ』

『部下達はどうしたっ』

『全員我々が眠らせました』

『はぁ!? どうやっ……うっ』


 驚いた顔をし、警察役の生徒へ食ってかかろうとした矢先悪役の生徒がその場に崩れ落ちた。

 演技じゃないかと思うくらいリアルに倒れたんですけど。


『ど、どこからっ』

『ダメですよ。窓を開けていては』

『お前こんなことして許されると思ってるのかっ』


 文化祭の前日祭に沿った内容は思いつかなかったのかね?

 どう考えても生徒達はついてきてない。


(なにを見せられてるんだ俺らは)

(生火スペ)

(いや、今日金曜日だし)

(あ、そっか)


 もはやまともに見てるやつなどこの空間にはいない。

 少なくともウチのクラスは、一つも鑑賞してないんじゃなかろうか。


 バツン! とそこで、急に明るくなった。

 ステージにいた生徒達は、皆揃い整列している。

 状況が飲み込めないんですけど!


『この続きはようすべで!』

『他にも色々やってます。暇なときに見てほしいです』

『アカウント名は……』


 短かったのか長かったかいまいちピンとこない発表であった。

 ――続きが気になるなら見に来いとか宣伝もいいところである。

 前日祭は、最初こそダメであったが、他はそこそこ見れる内容だった。


「あ、おかえり〜」

「さも当然のようにいるなよ」


 自宅に帰宅すると、自室に美沙がいた。

 なんで俺が迎えられる側なんだよ。

 ちゃっかり私服に着替えている美沙は、人のベットで跳ねている。


「おかえり〜」

「……ただいま」

「おかえり〜」

「応えま――「おかえり」

「おい、こら」


 壊れた機械かっての。

 ボケてきたのだろうが、今日はもう疲れてるから濁した突っ込みにしておいた。


「前日祭最初の除いて良かったね」

「言ってやるなって」


 近年稀に見る黒歴史に値するであろう。

 二度とあんなストーリ性が読み取れない発表はしないでほしい。


「全体的になにをしたいか分からなかった」

「それは確かにな」

「そんなことよりバンドの歌詞良かった」


 そんなことよりって当人達聞いたら涙でタオルがビショビショになるな。

 俺が逆の立場だったら間違いなくタオルを濡らしていたことだろう。


「あれオリジナルって言ってたぞ」

「売れたらファンになろ」

「売れる前からファンになってやれよ」

「こっそりね」


 こういうタイプって人気になった途端私ファンなんですとか言い出すんだよ。

 大して応援もしてないくせに。


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