第94話「弱い答えっ」

「ゾンビはあんまりじゃないか?」

「イメージ」

「どんなイメージだよっ」

「紗衣も不満ですっ」


 今度は妹の方が抗議してきた。トラの衣装のなにが不満と言うの?

 まぁ、パジャマの少しオシャレな感じだけど。


「じゃあ、帰っていいよ」

「なんでもありません」


 そこは食ってかかろうよっ。兄妹仲良くいさぎいいな!

 まだ見ていなかったので、見る前から答えを知りたくなった。

 正直極端なものじゃないかと冷や汗が出ている。


「俺はなんだ?」

「ん〜と、ハンター」

「ハンター? これもイメージ?」

「うん。シューティングは絶望的だけどね」

「やかましいわっ」


 一言余計なんだよっ。俺こそ帰ってやろうか!

 まったく気にする様子もない美沙は「私は似合う?」とくるっとその場で回る。


「似合う。彼氏に送ってやれよ」

「もち送るよ」


 クイッ。ん? 裾を引っ張られた。

 恐らく高林さんであろう。


「高林さんはどんな……っ!?」


 小動物を連想させるそれは、息を呑むほどの破壊力。

 ちょっと動物の種類は判別できないけど。


「……変? ……」

「その逆。めちゃくちゃ似合ってるし可愛い」

「…………がとう……」


 はい、ありがとうございます。毎度のことながら無表情。

 だんだんその良さが分かってきた今日この頃。


「集合写真撮ろっ」

「え〜」


 美沙の呼びかけに明があからさまに嫌ですアピール。

 ゾンビメイクで嫌って言ったら東京のレイヤーさん方を敵に回すことになるぞ。


「本来新川君のコスプレがハロウィン的には正解ぽいから」

「ぽいってなんだよっ」

「言ってて自身なくなった」

「俺撮る係でいいよ」


 フォローすることを諦めた美沙に呆れた様子で明はスマホを取り出した。

 別にタイマーやれば全員映れるだろ。


「……」


 ん? 心なしか高林さんが近寄ってきた気がする。

 いい匂いが強くなった。


「私右〜」


 美沙は、知ってか知らずか右側を陣取る。

 ヤバい、コスプレって新鮮だからドキドキしてきた。


「ちょっ、出遅れた! お兄ちゃん!」

「なんで俺っ」

「うるさいっ」

「理不尽ですわ~」

「はいはい、新川君押して」


 お、さすが美沙氏。兄妹間の揉め事などどこ吹く風といった具合に早く撮れと催促した。


「小堀は鬼か」

「え、よく聞こえなかった」

「なにもないっす」


 圧に押され、明は大人しくスマホを操作した。

 ――楽しかった? コスプレ大会否ハロウィンパーティーはお開き。

 美沙となぜか後片付けをしている。

 程なくして「今年ももう二ヶ月無いね」と片付けの手を休めず、美沙がそう言った。


「どうしたしみじみ」

「いや、なんとなく」

「楽しいと早いって言うよな」

「実際楽しい」

「だろうな」


 楽しそうにしてるのに内心楽しくないとか裏腹すぎる。

 もの凄く不安になってきた。

 美沙の笑顔が本物なのか信じられないかもしれない。


「ねぇ、凪。一つ聞いてもいいかな?」

「いいぞ」

「高林さんのことどう思ってる?」


 真剣な声色にボケではないと思う。

 ここはオブラートに包まずに言っておこうかな。


「正直に言っていいか」

「逆に正直に言ってよ」

「最近好きかもしれない」

「弱い答えっ」


 はっきり言ったら本人にチクリそうなんだもん。

 情報がオープンなのを知ってる以上本当のことを言うわけにはいかない。


「なんか可愛く見えるときが増えたんだよ」

「そりゃあもう恋しちゃってるね」

「……」

「凪が恋か……」


 片付けを進める美沙の顔がどことなく寂しさをはらんでいた。




 ☆ ☆ ☆



 十一月。文化祭の前日。装飾の取りつけも大詰め。

 俺は、机に登り黒いカーテンを取りつけている。


「ヤッホー、手伝うよ」


 下から美野里さんの声。

 丁度めんどくさいなと思っていたところ。


「お、サンキュ」

「フックつけて渡していく感じでもいい?」

「それだけでも全然助かる」


 意外とフックを取付けるのって机に乗ってる状態だと苦痛である。

 落ちたら痛そうだし。


「前日祭このあとあるじゃん」

「楽しみだよな」

「うん、楽しみ」

「バンドとか出るし、文化祭よりも楽しみかもしれない」

「いやいやいや、文化祭も楽しみであって」


 慌てた感じに困り顔を見せる。

 話の流れでハッタリをかましたのだが、美野里さんには分からなかったようだ。


「冗談だよ」

「なんのために今まで準備してきたか分からなくなっちゃうじゃん」

「うん、ごめん」


 くどいな……。冗談だって言ったのに。

 美沙だったら苦言を呈したね。


「なんか雰囲気出てきたね」


 蛍光灯がついていても黒いカーテンだけあって暗さを感じる。

 よし、くどいお詫びに一つ驚かせてしんぜよう。


「わっ」

「きゃっ、花咲君!?」

「ごめん、つい……」


 まさかクラスメイトが注目するまで驚くとは思わなかった。

 胸に手を当て、肩を落とす美野里さん。


「ついって。明日一緒に見てくれないと許さないもん」


 と思ったら、キッと睨んできて頬を膨らます。

 幸いなことにガチでは怒っていないらしい。

 睨み方に本気な感じがしないような。


「分かった。一緒に見て回ろう」

「あ、というか、あたし達同じシフトか」

「嫌でも一緒になるな」

「嫌?」


 上目遣いでこちらを見つめてくる。

 それはせこいよ……。嫌でも嫌って言えなくなる。


「そういう意味じゃないよ」

「うん、知ってる」


 嫌ではないと聞けたのが嬉しかったか口角を上げる。

 ムカつきとドキドキが同時にくるとか早々なくね?

 美野里さんには、毎回調子を狂わされるな……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る