第92話「自己中なのは百も承知よ!」

 スポーツをやったあとのような疲労感。

 耳からの情報もわりと怖さを認識できる。

 というか、かえって想像をかき立てるから逆効果だった。

 カーテンを開け、美野里さんは乱れた服を直して腰を下ろす。


「あ“ー……」

「だいぶ収穫あったね」

「今日はオールすることが確定したよ」


 人間が演じてるって分かってるのになんでこんな思いをしなきゃいけないっ。

 あー、今も思い出して鳥肌たっている。


「そのときはメッセしてくれれば相手するから」

「大丈夫ゲームやる」


 美野里さんとメッセしたらまた思い出してしまう自信がある。

 ほのぼのとしたゲームをやってほっこりしよう。


「オッケー。花咲君は参考になった?」

「一部な。怖がらせ方のイメージはついた?」

「お役に立てたようで」

「ほぼ観てないけど」


「あー、聞こえない聞こえない。そういうときは正直に言わない方がいいよ。また観せるよ?」

「ほんとにそれだけは勘弁してくださいっ」


 鬼かよ、この人。

 頭を下げ、ガチで無理なことをアピールする。


「必死かっ」

「……今日はありがとな」

「えっ、あ、うん。帰る?」


 まるで帰らないでとでも言うような瞳。

 近くでそういう目をされるとやっぱり男だからドキッとする。

 だが、それはそれ。


「あぁ、帰る。また学校でな」

「うん。見送るよ」

「別にいいのに」

「いやいや、ウチの親と鉢合わせしたら気まずくないの?」

「気まずい」


 ぜひとも避けたい。

 無言で帰るわけにもいかないだろうし。


「でしょ? だから見送るの」

「サンキュ」


 偉そうに語る美野里さんになぜか礼を言って階下を目指した。



 ☆ ☆ ☆



 ある日の休日。買い出しを頼まれた。

 どうせ買うなら美野里さんがいるスーパー行こうということで、そこの自動ドアをくぐる。


「うおっ、びっくりした」


 入ってすぐのところに黄色く大きなカボチャが鎮座していた。

 普段無いものがあると驚くよね。


 ていうか、ハロウィンか。

 今年ももうあと二ヶ月もないんだな。


「あれ、花咲君。ヤッホー」

「この間ぶり」

「なにそれっ」


 少し歩いていたら美野里さんに出くわした。

 今日はレジじゃないらしい。俺の受け答えが刺さったかコロコロ笑う。


「もう十月なんだな」

「そうだよ。早いよね」


 目の前の棚の商品を前出しし、話ししてるのをカモフラージュしながら美野里さんがしみじみ。


「あっという間だったよ」

「ねぇ、知ってた?」

「? なにを?」


 突然美野里さんが問いを投げてきた。

 某CMのキャラ的なノリに、懐かしさを覚えつつ相づちを打つ。


「ハロウィンってコスプレが主になってるじゃん」

「そうだな。え、違うのか?」

「それが、少し違うの」


 美野里さんいわく本来は悪霊を家から追い払う目的で怖いメイクをするのだとか。

 あとお菓子を小さい子に渡すのがメインらしい。


「初耳?」

「あぁ。一つ学んだわ」

「お役に立てましたかお客様」

「おかげさまで」


 急によそよそしくなったからなんでかなと思ったら違う店員が接近していた。

 〜♪ 電話だ。手で別れの挨拶し、美野里さんから離れる。


『遅いぞぉ』

「なんで美沙が催促してくる」

『それは、お呼ばれしたから』

「……ババァ……」


 なんでいつも美沙をビック待遇するよ。

 あとで忠告しておこう。


『でさ、凪。十月ってハロウィンじゃん。パーティやろ? みんなでお菓子持ち寄ってさ』


「どこでやるんだよ?」

『私ん家』


「明を美沙の家に入れたくない」

『こらこら。親友でしょ』

「だからこそ入れたくない」

『そうなんだ』


 幼なじみ(女)は特別なんだ。そう安々他の男を入れるわけにはいかない。

 自己中なのは百も承知よ!


「コスプレはやるのか?」

『やらないわけなくない?』


 やらないわけあるじゃん。

 決定事項ではないし。不愉快である。


「すみませんねっ」

『じゃあまぁ、そんなわけだから。みんなにメッセするね』

「了解」

『じゃ、また』


 通話を終え、買い出しを遂行した。


 ――数週間後。美沙にスーパー行こうと連行されてしまった。

 最近頻度高くなってるけど、大丈夫かな。


「休みの日にごめんね」

「ねぎらいの言葉っていいな」

「言わなきゃよかったかな……」


 普通に答えたつもりだったが、なぜか美沙が眉をしかめる。

 不機嫌になる意味が分からない。

 ていうか、絶妙に邪魔なところで話ししてるな俺ら。

 通り過ぎる人たちの視線が鋭い。


「ほら、ここでダベってないで入ろうぜ」

「凪が言う?」

「目立つからっ」

「は〜い、行きます……」


 不服そうな美沙の背中を押し、強引に店内に入る。

 踵を返す様子がなかったので美沙の隣に並ぶ。


「ハロウィン的なお菓子……」

「特集組まれてるの買えばオッケー」

「適当かっ」

「服屋でマネキンの買う理論ですけど」


 失敗はないということね。

 ……十月後半にしては、薄着な肩出し。

 これもそうなのかな? デコルテが見たくなくても見えてしまって目のやり場に困っている。


「あとは、今日の夕飯をっと」

「なんだ、おばさん遅いのか?」

「一緒に食べて?」


 質問には答えなさいよ。まぁ、正解のようだけど。

 違うなら違うっていうから。

 甘えたような声を出す美沙に、心を鬼にする。


「彼氏呼んで一緒に食えよ」

「バイト中です」

「これは、失礼しました」


 それならば仕方ない。

 女子が一人はなにかと物騒だし。


「お詫びってことで一緒に食べて」

「りょですよりょ」

「なに食べる?」


 惣菜コーナーにつくなり目線をこちらに向けずに美沙が聞いてきた。

 選べれないの知ってるくせに聞いてくるんだもんな……。

 こういうときは先に選んでもらうのが最善の選択。


「美沙が選んだもの食べる」

「逃げた」

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