第91話「ここがどこだか分かってるなら」

[花咲:先にホラー見るって言ってくれ]

[千和:断られると思って]

[花咲:ご名答だけども]


 こうなりゃヘタレ感を出して好感度を落とそう。

 丁度ホラー苦手だし。

 落とせるチャンス逃すまい!


[花咲:オッケー分かった。見ましょう]

[千和:そうこなくちゃ]

[花咲:正門集合でいい?]

[千和:うん]


 可愛らしい頷く少女のスタンプ。

 さよなら俺の日曜日。そう思いながらスマホをテーブルに置いた。

 ――約束した当日。正門前に行くと、美野里さんがチャリの横でスマホを眺めていた。


「待った?」

「待ってないよ」

「そうか。美野里さんの家ってどっち?」


 待ってないと言われたことについてあえて触れない。

 チャリを降りてる時点で待っているのだから。


「花咲君が来たところと逆方向だよ」

「ワック近いんだっ」

「う、うん。わりと」


 ワック近いのが羨ましくて興奮してしまった。

 少し引いているかもしれない。笑みが薄い。

 こっちとしては願ったり叶ったりだけども。


「そろそろ行こうか」

「そうだな」


 ―― 一列で走っていたためあまり会話することなく数十分後美野里さんの家と思しき一軒家で美野里さんが足をアスファルトにつけた。

 会話を数回交わし、美野里さんの部屋に入る。

 鼓動が早くなってきた。やっぱり匂いはデカいな。


「どうしたの花咲君。ソワソワしてるよ?」

「幼なじみと……幼なじみ以外に女子の部屋入ったの初めてだったから」

「ちょっと間があったのは気のせいにしとくね」

「そうしてくれると助かる」


 危ない。あいにく紗衣ちゃんのことを言ってしまうところだった。

 美野里さんには、まだ紗衣ちゃんのことを詳しく話していない。

 深く突っ込んで来なくて良かった。

 興味が今日は別にあるようだ。


「お昼ごはんなに食べる? 作ってあげる」

「あるものでいいよ」


 もうそんな時間か。上がらせてもらってる身で昼飯を細かく要望なんてできない。

 出されたものを食うのが一番。


「おまかせでいいってこと?」

「うん。無い材料の料理頼んだら無理でしょ?」

「買い出し行く」

「そこまでしなくても」

「オッケー。作ってくるね」

「お、おう」


 浮ついた感じの美野里さんは部屋から出ていった。

 スマホで気を紛らわそう。


 ――アプリゲーをやること幾分。「お待たせ」と美野里さんが戻ってきた。

 食欲をそそる良いニオイを連れて。

 膝を折り、テーブルに置いたそれには、湯気を立てた見た目で美味いこと確定なオムライス+ハヤシ。

 この短時間でっ。


「う、美味そう!」

「ハヤシも作ってみたよ」


 誇らしげである。いや、まぁこれは誇るべきだ。

 高林さんよりは劣るけど、手際は良いのだろう。


「凄っ。いただきますっ」

「……コク……」


 せっかく作ってくれたんだ。冷める前に食べないと。

 緊張の色が鮮明な美野里さんを見ないようにして俺は一口食べる。


「……美味い」


 作ったというからにはハヤシも手作りなのだろう。

 クオリティーが高い。店を出せるレベルに達してると思う。


「良かったっ」


 俺の反応に胸を撫でおろす美野里さん。

 マズく作るなんて余程のことがない限り無理だろう。


「店出したら絶対食べに行くから」

「オーバーだよ」


 笑みを浮かべつつそっぽを向き、照れてる様子。

 ちょっとホラー観ることへの仕返しが出来たかも。

 心中でストレスを解消しながら舌鼓をうち、満足すること数分。


 やっぱりホラーを観ることになった。

 美野里さんが窓へ近寄る。


「カーテン閉めるね」

「いや、明るくして観ようぜ」

「雰囲気でないじゃん」

「……雰囲気」


 必要ないだろ。意欲のギャップがでかすぎる。

 だいたい文化部のお化け屋敷で怖さのリアリティいらないでしょ。

 カーテンを閉め終え、室内が暗くなる。


「さぁ、観よう」

「オッケー」

「これ大人も泣くってやつだから」

「えっ……」


 どんなもの参考にしようとしてんのっ。

 隣を思わず観るが、暗くて美野里さんがよく見えない。


「最初は日常シーンだから」

「観たことあるの?」


 よそ見をしていたら再生ボタンを押していたらしい。

 まだ心の準備が整ってなかったのに……。


「時代が時代ならすり減って観られなくなるくらい」

「? じゃあ、ネタバレしていってくれ」

「いいの? つまんなくない?」

「大丈夫大丈夫」


 ネタバレしてくれれば怖さが半減する。

 先が分かっていればただの映像として見れるってもんさ。


「分かった。良いならいいけど」

「ていうか、そんなに怖いのか?」

「怖いってもんじゃないよ。ヤバいやつだから」


「あ“ぁ“ーー!!」


「ふぎゃあー!」

「あ、ごめん。言うの忘れた」


 忘れたってあんたね!

 思わず美野里さんの服を掴んでしまった。

 暗くしてくれて正解だったかもしれない。


「勘弁してくれ……」

「うっかりうっかり」

「服ちぎるよ?」

「いいよ? ここがどこだか分かってるなら」

「くっ……」


 イタズラっ子の表情をしてるような調子の声。

 一瞬自分がどこにいるか忘れてた。


「さぁ、ここからが本番だよ」

「いや〜! ……夜寝られない……」


 テレビの前に美野里さんの身体を盾にする。

 映像さえ見なければ脳裏に浮かぶことはあるまい。

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