第90話「じれったいのなんのっ」
「……大丈夫? ……」
「あ、あぁ。なんとかなるっしょ。ありがとう」
「……」
高林さんはゆっくり首を振り、きびすを返して姿を消した。
……さて、どうやって動くかだよな……。
誰か来るまでここで待機しておくのも手。
ガチャ。しまった! 鍵かけておくの忘れたっ。
セールスマンか!?
最近のセールスマンは、インターホンを押さずして侵入を試みてくるからな!
写メってやろう。くっ、逆光で見えないっ。
「ヤッホー凪」
「なんだ美沙か」
良かった……。ホントにセールスマンだったら写メるのが精一杯だったから。
俺の反応に美沙が不満そうな声。
「高林さんの方が良かった?」
「嫌って意味じゃないから。美沙で良かったって意味だから」
「ふふ。そんな必死に言い訳しなくても」
弁解が面白かったか近寄ってきた美沙は笑みを浮かべている。
笑顔が今は可愛い。
「今日は全面サポートしてあげる」
「い、いや、全面はいいって」
一回断っておこう。
即お願いすると懇願してるみたいで。
「だめ。今日二人ともいないんだからなにかあったらどうするの?」
「初耳なんだけど」
さも当然のように言うもんだから流してしまいそうだった。
美沙は、なにが嬉しいのか機嫌良さげに「メッセで来た」と画面を見せてくる。
確かにそのような内容が我が母から来ていた。
普通息子差し置いて息子の幼なじみにそのこと送るか?
ていうか、なんで俺がケガしたこと知ってるんだよ。
「そんなわけで今日はサポートします」
「助かります」
しのごの言ってもどうせ聞いてくれないだろうから折れた。
美沙に肩を貸してもらいながらリビングのイスに腰を下ろす。
ふぅ……。
「上脱いじゃって。服取ってくるから。あ、下もか」
「脱ぐからあっち向いててくれ」
「はーい」
片手を上げてグルッと後ろ向く。
体育祭のときには、ほんの少しの汗の臭いがしてたけど。
今はいい匂いが香ってきた。
ヤバい、少しドキドキと鼓動が早い。
「……い、いててっ」
「脱げそう?」
「む、無理かもしれない」
脱ごうとすると、足の切れてるところが痛すぎて本能が止めておけといってくる。
「え、じゃあ、脱がそうか?」
言うが早いか美沙が俺のズボンに手をかけてきた。
「マジでやるの?」
俺が実行するのかを問うと美沙は顔を上げる。
なにを言ってるのかと諭すような表情を浮かべた。
「やらないと進まないでしょ?」
「このままで良くない?」
「いいからっ。お尻浮かす!」
太ももを叩かれる。
いくら幼なじみと言っても女子だから。
手を出さないだけありがたいと思ってほしい。
「くっ……」
「ほら、足上げて」
言われるがまま足を上げ、ズボンを脱ぐ。
すると美沙は、立ち上がってリビングを出ていった。
正直脱がしておいてそのまま放置とか新手のプレイですか?
俺の部屋から服を取ってきて戻ってきた美沙は、まるで小さい子にやるかのように、ズボンを履きやすく丸めて足を通しやすくしてきた。
親いなくてホント良かったかもしれない。
「サンキューな」
「どいたまっす」
礼を言うと、照れくさそうにハニかんだ。
こういうとき幼なじみ居てよかったって思える。
あ、そういえば風呂どうするかな……。
「風呂どうすっか?」
「止めときなよ。背中拭いてあげる」
そう言うとタオルを出して見せ、美沙がキッチンへ向かう。
その背中に「なにからなにまですまないね」と礼を言った。
「おじいちゃんかっ」
美沙は、戻ってくるなり濡らしたタオルで俺を叩いてきた。
地味に痛いっ。
「準備良すぎじゃね?」
「それ見てお風呂は入れそうもないし」
「確かに」
「痛くない?」
「むしろもっと強くてもいい」
ゴシゴシというより腫れ物を触るかのような拭き方。
じれったいのなんのっ。
「オッケー」
「お、いい感じ」
「大きくなったね」
「え、ど、どこがっ」
どこでバレた!?
のぞき込んできてないはずなんだけど。
美沙の手が背中に当たるたびに反応してて。
もうこれはどうしようもないっす。
「背中だけど」
「……自分では分からないな」
「そりゃあ見えないもん」
グゥ……。
テレビをつけていないためか腹の虫がリビングに響いた。
「夕飯にしようか」
「手伝いますよ」
「大丈夫ですよ」
「……」
あ、足がっ。肩を押され、イスに座らされた。
「あ、ごめん。つい」
「ついっておまえ……」
「前が終わってから始めるから」
「ま、前はいいよっ」
前に回り込み、美沙が顔を赤くしながら手を伸ばしてきた。
もちろんタオルをひったくって阻止してやったよね。
☆ ☆ ☆
ある日のバイト終わり。
美野里さんからメッセが来た。
[千和:今度のお休みいつ?]
[花咲:多分分からない]
[千和:じゃあ、次の日曜空けてください]
[花咲:分かった]
なんで指定されなきゃいけないっ。
断る理由もないから了承しておくけどさ。
ソファにもたれ、次の返信を待つ。
[千和:ちなみに、集まる理由はホラー観るから]
[花咲:急に用事ができた]
[千和:認めません]
生半可な気持ちで受け入れた代償か。
……ていうか、美野里さんの誘い方に難があると思う。
詳細を伏せて約束を取りつけるなんて。
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