第88話「無意識ディスり」

 なんだかんだサッカー得意連中の活躍により勝利することができた。

 全学年と試合するのもあり、気づけば昼食の時間。

 どおりで腹が焼けるような感覚を覚えると思った。


「身体動かしたあとの飯は美味いぞ」

「先生達が炊き出しやってるって。ヤバくないっ」

「なにをはしゃいでるんですか……」


 年甲斐にもなく似たもの三人衆は雑踏の中へ向かっていく。

 紗衣氏は言葉と身体が裏腹だし。

 なんで一度俺のところに集まってきたか謎。


「……行かないの? ……」

「群れるのが嫌なんだよ」

「……ゆっくり行く? ……」

「なんだったら先に言ってもいいぞ」

「……一緒に行く……」


 嬉しいことを言ってくれるじゃねぇか。

 今さっき群れるのが嫌って言ったばかりですけどね。

 なにか奢ってあげようかしら。


「サンキュ。なに食べる?」

「……なにがあるか……分からない……」

「あ、確かに」


 広場的なところで先生たちが色々作っていた。

 和洋中それぞれのぼりが上がっている。

 ここはフードフェスティバルかっ。


「……無料だって……」

「マジかっ」


 無料とあっちゃはしゃぐのも頷ける。

 和洋中まず一品ずつ頼んだ。

 高林さんは、俺とまったく同じもの持っている。


「あ、凪。こっちこっち」

「芝生は断れよ、明っ」


 校庭の芝生のところから呼ぶ声に反応したら明だった。

 なんでよりによって芝生。嫌がらせかっ?


「なんのこと?」

「んにゃろう……」


 ふざけたことを……。言い出しっぺが明だったらどうしてくれようか。


「新川君が言い出したんだよ?」

「ふ〜ん……」

「こ、小堀!?」


 密告者に振り向き焦りの色を見せる明。

 いや〜、良い幼なじみを持ったもんだ。


「なんか芝生に悪いイメージでもあるんですか?」

「……」

「花咲先輩?」

「気になる。芝生が嫌とか意味分からない」


 こういうときだけ意見合致させやがって……。

 逃れられない気がしたので洗いざらい真実を二人に話した。


「ぷっ。それは恥ずかしいね」

「おっちょこちょいなんですね」


 二人は姉妹かと思うくらい仲良く笑みを浮かべている。

 穴があったら入りたいとはこのことか。

 やけくそだ! ストレスは食って解消だぜ。


 ――食べすぎた……。身体が重い。

 次陸上系だってことうっかり忘れてた。


「食べすぎちゃったね」

「……うぷっ」

「ちょっ。明お前吐くなよ!」

「お兄ちゃん……」


 軽蔑の眼差しを兄に向ける紗衣ちゃん。

 さっきまでトイレに行ってたのは棚に上げるんですね。


「……花咲君……」

「どうした?」

「……ハードル……大丈夫? ……」

「一発目だったらアウトだったけど。二個目だから大丈夫だよ」

「……コク……」


 心配してくれるのか……。嬉しい。

 美沙と紗衣氏は高林さんを見習った方がいいと思う。


「もしリバースしたらそのときはよろしく」

「なにをよろしくされるんだよっ」

「まぁまぁ」

「意味分からないし」


 背中を向け去っていく。

 こんな大勢の前でリバースを回収なんて勇者でない限りできないから。

 保健委員か先生の管轄だろ。ていうか、明のことを心配してる場合じゃない。


「……無理……しないで……」

「サンキュ」

「しょせん体育祭ですから」


 ガチ勢が聞いたら食ってかかってきそうな言い方。

 指摘はしない。めんどくさいし。


「紗衣ちゃんもありがと」

「お兄ちゃんはもう少し考える力を持つべきです」

「最初の競技だから俺と同等の量を食うべきじゃない」

「それです」


 その理論だと俺も該当するよ?

 気づいてないみたいだけど。

 無意識ディスりが多いから困る。

 いつか直接言ってやろう。


「そろそろハードルだよ。凪」

「順番来るの早っ」


 もう少し心のゆとりを持っていたかった。

 美沙達から離れ、スタート位置につく。

 しかも、最初の走者っ。

 なるようになる。なるようになる。


「位置について、よーい――バンッ。


 え、時間おしてるの? 走る前のリラックスはっ。

 陸上競技だって手をブラブラしたりスタートまで余韻あるぞ。

 なんとか出遅れないで済んだから良かったものの。

 あー、やっぱり腹が重い。これハードル跳べるかな……。

 くぐるのは――無しだよな。あ、跳びすぎたっ。

 と、思ったときには視界がぐるり。

 ついでに少し頭を打ったかもしれない。


「痛っ」


 足に痛みが走る。

 回転したときにどういうわけか足を傷つけてしまったようだ。

 ……ふぅむ。まっすぐ走れない。


「……っ……」


 なんとかゴールに着いた。ちょっとヤバいかもしれない。

 グルグル視界が回転? している。


「おい、膝血出てるぞ」

「……え? お、おう……」


 名も知らない生徒に指摘されて初めて気がついた。

 どおりで痛いわけだよね。


「壮大にひっくり返ったね。怪我してるから保健室行ってきた方がいいよ」

「歩けそう?」

「頑張って行くよ」


 幸いなことに保健室は近い。

 ていうか、保健委員のいる意味よっ。

 肩くらい貸してくれてもいいじゃん。


『歩けそう?』って足見て言ってんのかっ。


 ガラガラ。


 心中でプンプンしていたら保健室に着いた。


「扉が開い――え、大丈夫!?」

「大丈ばないです」

「だよね! とりあえず座って」


 どう見ても大丈夫じゃないのに大丈夫って訊くのはもの凄いイラってくるよね。

 余裕がないからなおさら。


 丸い椅子に腰を下ろし、膝を出す。

 消毒液に思わず膝を下げそうになるのを堪えた。

 痛いの分かってるから身体が反応してしまうのよ。


 キュッ。廊下の方から上履きの音。

 音のした方を見ると、紗衣ちゃんが肩で息をしていた。


「はぁ……はぁ……」

「びっくりしたっ」


 保健の先生が胸に手を当て、呼吸を整えている。

 手当てする側がされる側になるところだった。





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