第87話「わざとじゃないよね?」
「なんだそのリアクション」
訝しげな表情を浮かべ、明がのけぞる。
そのままそっくり言葉を返したいが、誤解を払拭するほうが先かもしれない。
「勘違いするな。明が作ってないのか……。パターンじゃないから」
「紛らわしい……」
「ていうかさ、どんどん想いを出しまくって来るよな」
「想われるなんて早々無いんだからな。それだけは忘れるなよ」
明のくせして……。
そんなこと充分分かってる。分かってるけど、受け止めきれないよ正直。
「美味しい」
「メッセで言ってやれよ」
「帰ったら言う」
「どこで恥ずかしがってんだよ」
「うるさいっ」
俺よりももっと良い人がいるってまたどこかのタイミングで言わないと。
苦笑する明に噛みつきながらからあげを口にした。
――自宅に帰り、妹の感想をメッセしようと文面を考えること一時間。
どうしてこんなに緊張しなきゃいけないんだよ。
「新川妹にメッセ?」
「いや、弁当の感想を……って美沙!?」
「ベタな驚き方するね」
振り向くと美沙がいた。入ってきた感じしなかったのに。
侵入スキル上がったんじゃないだろうか。
美沙は俺の驚きように苦笑いを浮かべている。
「なにも物音しなかったら驚くって」
「そんなことよりなにお弁当って」
聞き逃さなかったか。
首を傾げ不思議そうな表情の美沙。
「作ってくれたんだよ」
「それで感想を送ろうってことね」
「文面気をつけてたらえらい時間がかかっちゃった」
「お弁当ありがとうで良くない?」
「いいかもう。それで」
「いいと思う」
興味なさ過ぎだろ。抑揚のない言い方。
仮にも明の妹だから気遣ってるっていうのに。
「ねぇねぇ、明」
「どうした?」
結局美沙の提案を呑み、メッセを紗衣ちゃんに送った。
それを横目で見ていたかタイミングよく美沙が声をかけてきた。
「体育祭あるじゃん」
「困ったことにな」
「一緒にストレッチしない?」
「はぁ? なんで?」
夜やっても意味ないだろ。
ていうか、まだまだ先だし。
「早くやった方がいいよ。ケガイタイ」
「なんで最後片言よ」
「A:やる B:やる C:ABどちらも」
「選択肢の意味!」
もはや選択肢の概念ぶっ壊れてる。
断念することも覚えてほしいもんだ。
「じゃあ、やろう?」
「……分かったよ、もう」
どうせどう言い逃れしても押し負けてしまうからな。
諦めます。
「やったっ」
よほど嬉しかったか、美沙は笑みを浮かべている。
これに弱い自分がいたりして。
「ていうか、女友達とやればいいんじゃないのか?」
「みんなやる気ないもん」
「そりゃそうだろ。なにからやるんだ?」
早く終わらせてゆっくりしよ。
話が平行線を辿りそうだったが、どちらかが折れることも大事。
「まず屈伸から」
「へーい」
悲しいかな。
膝が屈伸するたびパキパキいってる。
「次は股を伸ばすやつ?」
「バレリーナが一緒にやるやつだろ?」
「そうともいう」
「どっちが先に伸ばすんだ?」
「私。凪背中に周って」
「うーす」
小さい背中。
このまま抱きしめたらすっぽり収まってしまいそうだ。
「押してくれたまえ」
「りょーかい」
真ん中辺がいいかな。
ググッ。あ、なんか指に引っかかった。
……ん? 美沙の耳が赤い。なんで?
「凪ってプレイボーイ?」
「は? そんなわけないだろ」
どこの世界に高2にしてプレイボーイな男がいるかっ。
そんな幼なじみ嫌だろ。
「あっという間に外したけどっ」
「外した? なにを」
「ブラホック!」
「さっきのブラホックだったのか。ごめんっ」
「わざとじゃないよね?」
「もちろん」
わざとって言われたらどうする気なんだろ。
ちょっと言ってみたい気持ちを抑える。
「じゃあ、直して」
なにが”じゃあ“なのっ?!
いくら幼なじみって言ったってできるのとできないのがありますよっ。
「直してくれないなら許さない」
「そんなごむたいな……」
「5・4・3・2――」
「や、やらせていただきましょうっ」
こうなりゃやけくそだ。
美沙の服をめくる。お、おーっ。
マジでブラが取れてる。
「きゅ、急! びっくりした……」
「ごめん」
「もう……。お願いします」
前を押さえてくれた。
だから事態が良くなるかといえばそうでもない。
やると言った以上止めるわけにもいかないわけで。
「……っ……」
肌に触れてしまった。触らないなんて無理。
ブラホックを引っかけるが中々はまらない。
……もたついたふりしちゃおうかな。
「ホックはめて」
「こ、こうか?」
はめてる動作ではないらしい。
催促されてしまった。
「見えないから分からないけど、多分そう」
「あ、はまったかもしれない」
恐る恐るブラから手を離す。
ぷら〜んとブラひもがならないから成功とみて良いだろう。
残念と思ってしまうのは正常かな?
「はい、交代っ」
めくれていた服を無理やり下ろし、美沙が立ち上がって俺の後ろに回り込んできた。
顔を見られたくないのかな。
「股広げた?」
「広げ――ちょっ、美沙!?」
背中に柔らかくて温かい感触。
どういう流れになったって判断したら胸を押しつけてくるんだよっ。
「仕返し」
「仕返し?」
「顔熱いでしょ」
「隠したいくらい熱い」
「さっき私そうだった」
「ホントすみませんでした」
「よろしい」
いや〜、美沙には悪いけど、ずっとこのままでいたい。
中々こんな経験できないもん。
柔らかい……。
美沙の彼氏め。これを我が物にしとるとは。
う、羨ましくはないけど!
――体育祭当日。まず球技をやるらしい。
得意なものに参加してもいいということで、ソフトボール・サッカーをやることにした。
準備運動をそつなくこなし、試合開始。
相手が攻め。あ、最初はソフトボールになった。
ピッチャーを明がやることに。俺はキャッチャー。
頑張らせていただきましょうかね。
「全力でこいよっ」
「バッテリー……」
モードが変わってる。
実はあの子小・中と野球部にちょろっと顔を出していた。
しかも、何度か完封勝利を達成したこともあるとか。
「大丈夫かあいつ。ボソボソ呟いてるけど」
「気にするな。いつものことだ」
「え、そうなのか?」
「そんなわけないだろっ」
「チッ。聞こえてたか」
こういうときだけ耳が良くなるんだから。
これも策略のうちじゃん。敵を騙すにはまず味方からって。
「始めていいか?」
「どうぞ」
「プレイボール」
天気はくもり。スポーツをやるには絶好だ。
直射日光は危険だからな。
一球目はボール。外角低め。
体育祭ということで、体育の授業と違いマジになっている。
真ん中ストレート。振らずストライク。
ふむ。打席に立っている人経験者だ。
「ホームラン打ってやんよ」
「ホームランってどこからでしょうね」
「え……?」
「ストライク」
「あ、ズルッ」
「体育祭ですから」
「くっ。覚えておけ」
そう捨てゼリフを言い、先頭打者はピッチャーゴロに打ち取った。
正直打たせて取る戦法で行けば勝てるのでは?
攻守が代わり、俺らの攻撃。打席が回ってくるまで明と作戦会議しよ。
「明さんや」
「へい」
「打たせて取る戦法でいこうぜ」
「うるせ、ノーコン」
「お前塁に出たら覚えておけよ」
調子に乗りやがって。
脇腹ボール直撃させたるわ。試合の結果なんてもうどうでもいい。
「じょ、冗談だよ」
「まぁまぁ、一発当てさせてくれ」
「花咲打順回ってきたぞ」
「チッ。命拾いしたな」
「……ふぅ」
本気で焦ったか明が胸に手を当てている。
いっそ明に向けて打ってやろうかな。
バッターボックスに向かう中渦巻いていたが、さすがにそんな高度なことはできないので断念することにした。
制裁はまたの機会にするとしよう。
「……」
「お前経験者だろ」
「少しだけですけど」
「少しだけ、ね」
自分は見抜いてますアピールをしてきた敵チームのキャッチャー。
小学生までは放課後遊びで野球やってたけど。
しょせん遊びのはん中であるからして。
「バットの持ち方だけは様になってるんで」
「自分で言うかそれ」
「まぁ、見ててください」
言ったそばから良さげなボールが来た。
振りかぶる。ボールは高く上がり、センターの頭を超えていく。
「ホームラン」
「初球打ちナイス」
「まぐれだ。次は三振っ」
ネクストバッターサークル的なところからたたえてきた明に言葉で制する。
余計なことを言わなくていい。
ホームベースを踏むと、キャッチャーがなにかを言いたげだったが、ここは明の鈍感を見習いスルーした。
――健闘虚しく負けてしまった。
次は、サッカー。これに関してはガチで苦手。
オフサイドがいまいち分からない。
「オフサイドだけは止めてくれよ」
「あー、分からないようにサボるから安心しろ」
「いや、参加しろ」
「足手まといになるよかマシだべ」
言われ言われボールを蹴るなんてまっぴらゴメンだ。
目の前にボール来たら参加するけど。
「足手まといなんかじゃないって」
「始まる前はみんなそう言うから」
とまぁ、しのごの歩きながら押し問答を繰り広げていたら試合が始まっていた。
あらやだ。話の内容聞かれちゃったかな。
「パス。パース!」
「お前敵だろっ」
「チッ……」
「まともにサッカーしろよ」
「この駆け引きもサッカーでしょ」
「どこがだよっ」
初対面でこのノリツッコミ。
この二人コンビ組んだほうがいいんじゃなかろうか。
「……っ! ……」
しまったと思ったときにはもうすでに視界いっぱいの青空。
芝生って足滑るのねっ。しかも、ボール蹴ろうとしてとかじゃないからなおさら恥ずかしい。
「大丈夫か?」
「正直言って大丈夫」
「大丈夫なんかい」
「あっ。……パンッ」
鼻がツーンとした。
ボールがコロコロと芝生の上に転がる。
突っ立ってれば良かった!
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