第83話「……髪……乾かして……」
出張なんでも屋イン新潟。
新幹線に乗りやってきた。
予告があってから長ったようで短かったと思う。
新潟駅からタクシーでレンタカーショップ。
「いらっしゃいませ。あらイケメンに可愛らしいお嬢ちゃん。兄妹ですか?」
「彼女です」
「あ、ごめんなさい」
「え〜と、いいですか?」
「すみません。何日借ります?」
サラッと話が流れてるけど、高林さんなにをぴしゃりと言ってるんですかねっ。
ていうか、高林両親はなぜにスルー。
「それではご案内します」
しかも、ポンポン話が進んでレンタカーで出発しかけてるし。
ここで横やりを入れられるほど肝据わってないのよね。
「よし、行くぞ」
「安全運転でね」
「おうともよ」
はい、終了。車が動き出した。
つか、懐かしい言い方しますな高林父。
などと物思いにふけっていたらホテルを経由し、依頼主の元に着いた。
見事に大豪邸。敷地も広くて車がなん台も停められそう。
「今日はよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
「早速ですが、こちらに着替えてください」
「分かりました」
スピーディーだ。やっぱり今日は段取り良い。
ビニール素材の農作業に着てるイメージのそれを装着し、車に乗ること数分。
水田にやってきた。
「広いですね」
「ウチ狭い方ですよ」
大人のやり取りを繰り広げなくていいから早く依頼がなにか言ってくれ。
ていうか、曇りなのになんでこんなに暑いっ。
汗を拭い生暖かい風にムカついていたら話が依頼の話にシフトしていった。
「というわけでですね、今回の依頼は稲の周りに生えている草を取ってもらおうと思って依頼しました」
「少年。間違えて稲を取るなよ」
「大丈夫ですよ。草は背が低いですから間違えません」
言い切られたっ。凄いプレッシャー。
やったていにしちゃおうかな。
いやでも……。
「……花咲……一緒に……やろう……」
「助かる」
「……コク……」
「じゃあ、よろしくお願いします」
そう言って依頼主は、車に乗り込み去っていった。
人の水田に赤の他人しかいないの大丈夫なのかな。
隣の所有者が通報したらワンチャン事情聴取もあるんじゃないだろうか。
一抹の不安を抱えつついざ田んぼの中へ足を踏み入れる。
ぬぷっとした感触。初めての体験だからどう動けば正解なのか分からない。
「……斜めに引き抜くと……楽に抜ける……」
「マジか。……ホントだ」
頼りになる。同い年ながらついていきたいもんね。
隣を進む高林さんの横顔を見る。
おし、いつもの無表情。
「……尻もち……気をつけて……」
「そういえば依頼主が言ってたな」
慣れた人でも一日一回は尻もちをついて泥まみれになるとか。
車に乗れなくなるからなんとしても……あっ。
パシャン。
「……っ……」
声にならない悲鳴が隣から聞こえてきた。
ま、まさかっ。
隣を見ると、高林さんが俺と同じ体勢になっている。
これは稀な出来事よね。高林さんの両親からは恐らく稲が邪魔をして気づかれていないと思う。
……どうにかして俺が泥から抜けるしかないのか。
左手を泥につけて右手を稲に。すみません、依頼主さんっ。
「ふんぐっ」
「……凄い……」
「ま、まぐれまぐれ」
普段使ってない筋肉が悲鳴を上げた。
ビキッて一瞬いったもん。
なんとか自力で起き上がり高林さんの救出を試みる。
「高林さん手を貸して」
「……コク……」
「ちょっと力入れるから痛いかもしれないけど」
「……コク……」
「俺後ろに力入れるから高林さんは前方向に力お願いね」
「……コク……」
差し出してきた手を握る。うわ、か細いな……。
このまま力入れちゃって大丈夫かと思うくらい。
「痛くないか?」
「……大丈夫……」
「じゃあ、引くぞ」
「……コク……」
あ、力強すぎたかも。体が後ろに倒れていってる。
なぜか高林さんが覆い被さる感じに倒れてきた。
俺の胸に顔をうずめる形になってますけど。
「……大丈夫? ……」
「俺は平気」
「……今……起き上がる……」
いや、できればこのままがいい。
上目遣いってなんでこんなヤバいんだろうねっ。
抱き寄せたくなるのをこらえ、高林さんが起き上がるのを待つ。
程なくして青い天井が見えてきた。
「……」
「ごめん。ちょっと手貸してくれ」
「……コク……」
グッと力をかけさせてもらった。
なんとか起き上がり反動で高林さんを後ろへ倒しそうになったのを抱きしめて防ぐ。
……実はわざと。もう少し高林さんを感じていたかった。
やみつきになってしまうかも分からんぞこれ。
「……大丈夫……ありがと……」
「お、おう。そうか」
い、いかん。胸が痛む。半分故意だっただけに。
ぬくもりが消えて風によってその部分が冷たい。
――事故と過失を乗り越え、依頼主によって終了が告げられた。
昼食をごちそうしてくれるらしい。
「即席で申し訳ない」
「いえいえ。頂けるだけでありがたいです」
「ありがとうございます。あと、食後に笹だんごも用意させてもらってます」
「すみません、ありがとうございます」
出来ればシャワーを浴びてから食べたかった。
泥が乾いて食べづらい。あとなんで炎天下で食うかね。
日焼け気にならないのかな。高林さん肌白いからあとが大変そう。
「……なに? ……」
「うぅん、なんでもない」
「……」
見すぎてしまった。
表情が変わらないから心情を推測できないが、なんでもないなら見るなよと思ってることだろう。
ていうか、麺吸わないんだ。美沙はお構いなしにズズッと食うのに。
なんだろ、可愛く見えてしまう。
「あ、そうそう。お前ら二人は歩いて依頼主さんの家でシャワー借りろ」
「分かりました」
「……」
反応のしない高林さんが気になって振り向くと、頬を膨らませたハムスターもどきがいた。
愛でたいっ。可愛がりたい衝動をこらえる。
素でやってる感じがたまらない。
モグモグ口を動かし微動だにしない。
ダメだ、見ないようにしよう。尊すぎるっ。
――依頼主宅になんとかたどり着き、シャワーを二番目に借りて出てきたら、なぜか髪の濡れたままの高林さん。
手にはドライヤーが握られている。どういう状況これ。
「どうした、高林さん」
「……コク……」
いや、頷かれても。
持ち方が刑事ドラマの犯人が刃物持っているときのそれっすよ。
「……髪……乾かして……」
「へ?」
「髪……乾かすの……手伝って……」
「自分だとできない感じ?」
「……コク……」
「そうか」
最近高林さんが甘え上手と言ったら良いのか謎だが、そういった言動がちらほら垣間見えるようになってきた。
こっちとしては嫌ではないのだけど、たまに美沙に伝わってるのはいかがなものかと思う。
差し出されたドライヤーを握る。
断れないよね……。後ろを向いて準備万端なんだもん。
「触れるぞ」
「……コク……」
高林さんの髪に触れる。
プールのときより服着てるのに、なんでしょうこのドキドキは。
一気に乾かそう。短時間にしないともたない。
「熱くないか?」
「……コク……」
いつもの高林さんの匂いじゃないけどシャンプーの良い匂い。
俺美容師無理だ。いちいちドキドキしそう。
――さっぱりとして依頼主宅をあとにした。
ホテルに戻るには早いと決めつけ、新潟観光をしようと高林両親が盛り上がりだした。
「二人はどこ行きたい?」
「お任せします」
「じゃあ、お任せされるね」
ニコッと笑みを浮かべたあと、高林母はカーナビを操作しだした。
夏の新潟の観光スポット……。
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